統計分析を用いた認知心理学を専門とする村上宣寛氏の著作。現代における知能についての一般認識の誤りを、従来のIQの定義および知能検査についての歴史を振り返りながら紹介している。また、最近の知能についての知見である『知能は年齢と共に衰えるか』や『知能は遺伝の影響を受けるか』について紹介していると同時に、巻末には基本的な統計学についての説明を付録として掲載している。ある程度統計についての基本用語を理解している者を対象とすべき内容であり、そうであれば数時間から数日で読破可能。
知能検査の歴史について、それぞれの問題点と改善点を指摘しながら内容の展開は適切な手法であり、(統計の知識があれば)非常に覚えやすい構成であると同時に、読者が興味の対象とする前述の2点の疑問についても明解な認識を述べている。各章の主張の根拠とされている論文の一部を検証したところ、整合性も確認され、記述の信憑性についても担保されているように思う。難点は2点。巻末を先に読むことである程度は理解力が深まるが、それでも統計を全くしらない読者にとっては理解しづらいと感じる。特に、旧来の論文やデータの問題点を批判しても、統計を知らなければその批判が適切であるかどうかがイメージしづらい。あとがきにあるように、本書の目的が『多くの人に読まれ、文化水準が向上すること』であれば、もう少し説明を初心者向けにし、歴史的背景の一部は省略してもいいかと感じた。2点目は、散見される従来の学術的業績などに対する著者の主観的で皮肉のような感想が、文章として不快に感じる読者もいるのではないかという点。本書がIQについて本格的に紹介した初であると述べた後に、『情けない状態である。』という意見があるが、この対象が著者自身なのか、過去の学者に向けられているのかなど、主語や目的語が曖昧な点もあり、見方によると説明不足でやや乱暴な印象も受ける。ただし、過去の知能学者のデータ批判については、母数の不足や被験者の母集団の設定を批判している反面、仮説自体を完全否定しているわけではないことから、本著者の科学者としての信頼性は高いと思う。
一貫性や整合性から書全体の主張としては十分なできだが、一般読者を対象としているのであれば改善の余地あり。一般知能gの存在や漠然とした知能という概念についての検証法など、個人的には非常に勉強になったと同時に、参考文献としているPlomin RのReviewも読んだところ、大変面白かった。とくに一卵性双生児についての研究結果を紹介した『心はどのように遺伝するか(安藤寿康著)』を読んだ後であり、知能の遺伝要因についてはすっきりした読了感を得た。読者限定すれば星5つの評価も一般読者に対する推奨度はやや割り引きで、本書を足がかりに平易な内容の書が望まれる。