ローリー・アンダーソンは「パフォーマンス・アーティスト」の先駆者として知る人ぞ知る才人。学生時代は美術史や彫刻を学
び、70年代から映像や舞踊、磁気テープ等を用いて改造したエレキ・ヴァイオリン等様々な領域を混合したトータル・アート
としてのパフォーマンス活動を開始。日本でも05年の「愛・地球博」にて「10ポストカード」という名の公演を行っている。現在
ロック界の大御所ルー・リードの奥方でもある。本作は実に8年振りの新作であり、共同プロデューサーとして夫のルーと長年
の彼女の理解者であるローマ・バランとタッグを組んでいる。
彼女の場合特に一言で音楽の特徴を表すのが難しい。電子キーボードやダブ・サウンドを基本に、彼女の声とヴァイオリンが
浮遊するように舞う前衛色の強い音楽。必要最低限の音数で編まれたサウンド・テクスチュアには彼女の声が良く映える。何
よりローリーの声質自体が素晴らしい。歌と語りを自在に織り交ぜたスタイルで発せられる知的・官能的で落ち着いた声は、耳
から全身マッサージを受けるかの如く聴く者をリラックスさせ、音楽に深く引きずり込む強い力がある。
全体的にビート感はそれ程強くはなく、アンビエントに鳴る電子音がなんとも静的な世界を創りだしているが、例外もある。例え
ば「オンリー・アン・エクスパート」では、ルーの唸る様なギターと四つ打ちビートが硬質な空気を創りだし、その上をまるでラッ
パーの様に早口で滑りながらアメリカに横たわる様々な問題とその解決法について切り込む様が痛快だ。
他にも数曲で自身のアルター・エゴである男性(ジャケットの写真の「男性」)「Fenway Bergamot」を登場させ、サウンド加工で
声のピッチを下げローリーが男性として語り出すが、その語り口がなんともセクシーで、彼女のある種バイ・セクシャル的な妖し
さが出ていて面白い。
なお、本作にはDVDが付属しており、本作完成までに至る製作陣の興味深いインタビューと彼女のライブの映像一部を交互に
挟む形で製作された40分程度のドキュメントと、彼女の使用する特殊仕様のバイオリンの様々な奏法について解説する10分
程度の映像が見れる。当然全編英語である為インタビューの内容は余り理解できなかったが、強烈に印象に残ったのが彼女
のライブ映像。音だけでなく、暗い会場全体を覆う様々な映像と幻想的なライティングの色彩。その中でなんとも言えない深み
を持った彼女の声とヴァイオリンの音が舞う様の美しさは必見だ。その映像からは正にトータル・パフォーマーとしての彼女の
美的感覚の鋭さが伝わってくる。次回来日公演があったら是非公演を見てみたい人だ。
このような作品に接すると、世界には未だ自分の知らない才能が溢れていることを実感する。娯楽音楽というよりも、アート表
現の手段としての性格の強い音楽なので好みがはっきりと分かれるのは確かだが、思わず恍惚となる音楽の美しさは保証で
きる作品なので、興味が出た方はまず彼女の個人ページ等で試聴をお薦めしたい。