戦後の旧ソ連を代表する偉大なヴァイオリニスト、レオニード・コーガンの名演を収めたボックスセット。録音年は(おそらく初の吹き込みである)1946年から、死の前年にあたる1981年まで。すべてライヴ録音で、おそらくソ連国営放送のアーカイヴをオランダのブリリアント・レーベルがライセンスを取得して発売したもの。
コーガンは「同郷であるオイストラフの陰に隠れた存在だが、技巧と芸術性はひけを取らない名手」であり、「努力型のオイストラフに対し、早熟の天才」と評される。オイストラフの録音は晩年に向けて円熟味を増しているのに対し、コーガンの絶頂期は60年代と思えるのも、好対照である。
ただし、絶頂期のコーガンの鋭利な刃物のような演奏は、オイストラフよりもむしろハイフェッツを思わせるもので、ここに収められた楽曲でも、協奏曲よりは小品でそれが発揮されるところもよく似ている。ハイフェッツと異なるのは、曲芸的な演奏での「観客受け」を、あまり意識していないところだろうか。ヴァイオリン演奏の限界に挑むような芸風こそ、コーガンの真骨頂であり、本作に収められた50年代の音源には、それがよく現れている。
放送用音源、それもモノラル時代のものを多く含むことで、音質を心配される方も多いと思うが、ブリリアントのマスタリングはなかなか優秀で、旧いものでもさほど粗は目立たない。また70年代以降の音源には、意外なほど良い音で録れているものもある。ただし旧ソ連のライヴ収録につきものの客席ノイズは多少気になる。また拍手のフェイドアウトなども、いささかデリカシーに欠ける。
とはいえ、このセットにとって、そうした音質の瑕疵などは「取るに足らないもの」である。音楽に人生を捧げた天才の音が、今も強い浸透力を持って心に響く。それで充分ではないか。