本書は、こういったコンピュータ社会の問題のなかでも、特に子供たちの教育とコンピュータの問題にフォーカスしている。文部科学省が数百億円を投じて力を入れている「IT教育」では、その中心としてパソコンを使った学習が推奨され、小中学生のうちからパソコンが使えるようにするという教育が推し進められている。
著者は、こういったIT教育には効率的な学習ができる反面、さまざまな落とし穴が隠されているという。IT教育先進国のアメリカでは、巨額を投じて学校に導入したコンピュータシステムを、常に最新のものに維持するためのコストの問題をはじめ、さまざまな問題が噴出しているという。なかでも子供たちに対する「教育の質」は重要な問題だ。コンピュータを操作できることと、理解力や創造力の発達は別の問題で、コンピュータで問題を検索することはできても自分の頭で問題を考えることができない子供たちがアメリカでは実際に増えているという。
コンピュータは「目的」ではなく、なにかをするための「手段」でしかないという当たり前のことが忘れ去られ、コンピュータを使えることが教育の目的であるかのようになりつつある、現在のコンピュータ社会と教育現場に鋭く問題を提起した1冊だ。(近藤大介) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。
ちょっと待てよ、コンピューターはそんなに役に立つのか、すべての役に立つ万能薬なのか――と、この風潮に真っ向から疑義を唱えるのが本書である。著者は天文学者ではあるが「カッコウはコンピュータに卵を産む」でハッカーとの息詰まる攻防の体験を描いて一躍有名になった、ごく初期からのインターネット・ユーザーだ。
その主張は単純明解。コンピューターは何かをする際に道具として役に立つが、「何をするか」は決めてくれない。むしろ「何をするか」ということの訓練にとってコンピューターは有害ではないか。問題そのものを見抜く能力や問題を解決する能力、つまりは人間に特有の思考能力は、コンピューターを使うことでは養えない。それどころか有害でさえあるというのだ。
実際にインターネットを使っている身として、その主張はあまりに単純化が過ぎ、過激に走っていると思える部分もある。しかしその根幹は極めてまっとう。「コンピューターに子供は育てられない」ということだ。
コンピューターはすべての問題をバラ色に解決する万能薬ではなく、便利な道具でしかない。そのことを思い出させてくれる本だ。パソコンとインターネットに浸っている人ほど読むべきだろう。
(ノンフィクションライター 松浦 晋也=ノンフィクションライター)
(日経パソコン 2002/01/21 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
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ちょっと待ってください。導入する前にこの本を読んでください。きっと目から鱗が落ちる音が聞こえるはずです。
これは教育現場でのハイテク熱が過熱している昨今、僕らとコンピュータの関係を見つめなおす最良の本です。
コンピュータで何ができるのではなく、何をするかが重要なのに、ただ使えるだけの教育が現在の日本の情報教育であると思う。
本書では、ITのエキスパートである筆者が、ネガティブに書き下ろしているように見えるが、まったく逆で、筆者が否定している方法の逆を行えば子ども達に有益な情報教育を行えるのではないかと思う。