'90年代は、インディペンデント・ムービーの時代だった。ハリウッドの大作・スター主義と一線を隔した、等身大の人間像を描いた優れた小品が作られ、ミニシアターブームを牽引した。
本作は『ハイ・アート』というタイトルで日本公開され、なぜか『プライベート・フォト』とタイトルを変えられてビデオ発売。おかげで発見するまで何年もかかってしまったではないか。
これは、女性写真家をテーマにした映画。'80年代以降に、プライベート・フォト ― 自らの私生活の一部をモチーフにした写真、のムーブメントが興り、代表的な写真家にラリー・クラークなどがいる。撮る者と撮られる者の親密な関係を捉えた「私的」な写真。そうしたテーマを追求したアーティストと、アートビジネスの世界に身を置く女性を描いた物語である。
ニューヨークで写真雑誌の、憧れの編集の仕事に就いた主人公・シド(ラダ・ミッチェル)。彼女はある日、水漏れが原因で上の階に住む女性、ルーシー(アリー・シーディー)と出会う。彼女の部屋に貼ってあった写真に惹かれ、ルーシー本人が撮影したものだと知り、興味をもつシド。その写真を編集部に持ち込んだことで、彼女が10年前に突然姿を消した伝説の写真家だと知る。編集部は、スクープとばかりに彼女をカムバックさせるための撮り下ろし企画を進めるが、ビジネスのために写真を撮る気のないルーシーは、しぶしぶながらシドを担当にすることを条件に承知する。実はルーシーは同性愛者で、ドラッグ中毒の恋人グレタ(パトリシア・クラークソン)と一緒に暮らし、数人の仲間たちとけだるい生活を送っていた。しかし、若く、はつらつと仕事に夢を求めるシドの姿を見るうち、ルーシーの中に小さな変化が起こってくる。共に時間を過ごすうちに、二人の間に不思議な感情が芽生えてゆく・・・シドをドライブに誘ったルーシーは、助手席の彼女にカメラを向け・・・そのまま一夜を共にしてしまう。
そして約束の日、シドに手渡された写真は、あの日の朝、ルーシーがベッドに横たわるシドを撮った写真だった・・・。
この映画を初めて観たときに鮮烈な印象を受けたのは、主演の二人の女優がとても自然体で演じているという事。女性写真家・ルーシーを演じるアリー・シーディーは、かつて『セント・エルモス・ファイアー』で青春映画のヒロインとして脚光を浴びた女優。本作では、彼女のイメージを覆す、感情を抑えたクールな写真家を演じて絶賛され、全米批評家協会賞、ロサンゼルス批評家協会賞などで最優秀女優賞を総ナメにした。
そして、彼女以上に筆者の脳裏に焼きついたのは、主人公シドを演じる新人のラダ・ミッチェル。社会人の入口に立ったばかりの、学生から大人の世界へ足を踏み出そうとする等身大の女性を、ほとんど演技をしていないかのような、素のままの彼女ではないかと思うくらい自然体で演じている。
劇映画を観ているというよりは、ドキュメンタリーに近い淡々とした筆致で描かれている印象の作品である。その演出に見事にマッチした主演女優二人の演技は、喜怒哀楽をオーバーに面に出さない事で、逆に女性の内面にあるものを実に繊細に表現している、と深い感銘を受けたのを、いまでも忘れることができない。
あと、なぜか筆者はインディペンデント・ムービーが描く「車の中の風景」が好きだ。この映画は、暗くて狭苦しい室内のシーンが多いのだが、二人の関係がはじまる、あのドライブのシーンは、陽光まぶしく輝く自然の中、助手席に入り込んでくる外光が美く、このシーンのラダ・ミッチェルの瑞々しい表情がそのままこの映画の印象として脳裏に焼きついていた。
'90年代は、インディペンデントシーンを中心に、こうした等身大の人物像を描くことが脚光を浴び、映画に限らず「リアル」とか「ミニマリズム」といった言葉が流行っていく時代だった。今ではもう「等身大」などという言葉に新鮮味はないかも知れないが、あの当時、ラダ・ミッチェルの演技は本当に鮮烈な印象を筆者の中に残したものだった。
主演女優と共に、長編監督デビューとなったリサ・チョロデンコも高く評価され、'98年サンダンス映画祭最優秀脚本賞、ドーヴィル映画祭審査員特別賞などを受賞し、ヨーロッパで高い評価を得た。ジャン=ジャック・ベネックスも「ベティ・ブルーを超えた愛の映画!」とまで激賛した。ベネックス映画に長らく苦手意識を持っていて、『ベティ・ブルー』も観ていない筆者には何とも言えないのだが(笑)。シドのボーイフレンドを演じたガブリエル・マンは、後にヴェンダースの『アメリカ、家族のいる風景』にも出演するという、マニアックなチェックポイントもあり。
この映画のラストで何が起こるのかは伏せておくが、最後に、刷り上った雑誌のページをめくっていく時のラダ・ミッチェルの表情には、静かだが見るものを圧倒する何かがある。これは「静かに、内に秘める」ことが何よりも斬新で力があった時代 ― ひと昔前の記憶、のような映画である。
しかしDVD化されていないばかりか、アマゾンではVHSソフトのページもなし。一方輸入版ソフトは大量に商品ページがあったぞ。海外ではそれだけ高く評価されている、という事か。
かつて新人女優としてこんなに注目したのに、ラダ・ミッチェルのその後のキャリアは全くチェックしていなかった。本作直後にロドリゴ・ガルシア監督の『彼女の恋からわかること』に抜擢されたのはいかにも、という感じだが、このレビューを書くために調べてみたら最近は『サイレントヒル』で母親の役をやっていた。そうか、彼女ももう母親役か・・・筆者もオッサンになる訳だ。作品はありきたりなホラーだから仕方ないといえばそれまでだが、叫んだりわめいたり、と感情を露わに、そしてワークアウトもしているのか、筋肉質な身体・・・いかにも典型的なハリウッド女優になってしまっていたのには、ちょっと悲しい思いがあった。とはいえこの1作で決め付けてしまうのは早合点なので、他の作品もチェックしつつ、ありし日の注目女優のその後を、遅ればせながら追って行きたいと思う。