「ワールド・ミュージック」っていう言葉は、そのカテゴリーを誰がコントロールしているかによると思うんだ。「ワールド・ミュージック」として捉えられている音楽のほとんどが中年とか中産階級の人たち向けの、礼儀正しくてナイスすぎる音楽だけれど、もっとエッジの効いた、エクスペリメンタルで力強いワールド・ミュージックだってあるわけだし、だいたいさ、「ワールドミュージック」ってなんなんだよ。(byチャンドラソニック[アジアン・ダブ・ファンデーション]本書より)
これは英国はロンドンのインド/バングラディシュ系移民2世によって結成されたバンドであるアジアン・ダブ・ファンデーションのメンバーの言葉であるが、彼の発言は、「ワールド・ミュージック」という言葉の危うさをよく捉えている。ワールド・ミュージックという言葉は便利で、広い意味で使えば英米の白人と黒人の音楽以外の全ての音楽を扱えるが、その「ワールド・ミュージック」という言葉には、随分以前からその言葉に染み付いたあるイメージがある。彼の言葉を借りれば「礼儀正しくてナイスすぎる音楽」というイメージだ。しかし、実際のところは、現在「ワールド・ミュージック」として扱われている音楽の中には、このイメージを越えてリスナーの度肝を抜くようなエッジーな音楽がたくさんある。そのような、魅力的だけれど、まだまだ日本で紹介されることが少ない世界各地の音楽を紹介するのが本書だ。ここ10年程度の世界中のエッジーな音楽が紹介されている。そのような音楽を、「グローカル(=グローバルとローカルを合わせた造語)・ビーツ」と呼び変えることで、それらの音楽自体の求心力の強さを確認させる。
監修と、メインの執筆を担当しているのは、大石始氏と吉本秀純氏だ。両氏とも各誌で活躍している音楽ライターだ。クラブミュージックにどっぷり浸かった肥えた耳と、正確な情報で、世界各地の新鮮な音楽を日本に紹介している。大石氏は、現在でも、世界各地に出向いて、現場の音楽を聴き続けている。本書の扱っている地域を白地図で塗りつぶしていけば、濃淡はあれど、ほぼ世界地図が全て塗られる。今最も新鮮な音楽世界地図が出来上がる。
章立ては、第1章ヨーロッパ、第2章アフリカ、第3章中南米、第4章北米、第5章中近東〜アジア。
特に、両氏の興味が特に重なる部分で、ここ数年ワールドミュージック界隈で最も熱い注目を浴びている音楽であるクンビアについての豊富な資料は、本書の中でも白眉な部分の1つだ。
ミュージシャンへのインタビューも豊富だが、特にDJ指向の強いミュージシャンへのインタビューが多く、今、世界的にクラブ音楽ラバーからも、本書が扱う世界各地の猛烈な勢いで進化し続けるポップ・ミュージックが注目されている現状が良くわかる。
また、本書で大きく取り上げられているマヌ・チャオとアジアン・ダブ・ファンデーションが今年のFRF11に出演することも記したい。
以前はミュージック・マガジンやスタジオボイスといった誌面上でも、世界各地のエッジーな音楽を頻繁に紹介していたが、今はそのようなスペースがほぼ無くなったこともあって、本来ノーボーダーで音楽を聴いている音楽ファン以外に、本書で扱っているような音楽の面白さが文字を通して届く機会が圧倒的に少なくなってしまった。そのような状況で本書が出版された意義は非常に大きい。面白い音楽に飢えているなら、本書は絶対に読んでみるべきだ。間違いなく無数の新発見を提供してくれる本だ。