佐倉はピッチに目を凝らし、次の手をロジックで導き出していますが、
達海の場合はちょっと違い、ピッチ上の全てを丸のまま頭に入れ、
ロジックを超えて判断するような雰囲気が、絵から感じられます。
第10巻でネルソン監督がこんなことを八谷に言っています。
「理屈というよりフィーリングだわな。まあ脳の中で瞬間的に理論立てしてるのかもしれんけど」。
これはネルソン監督が、人の伸びシロをどこに感じるかについて述べたセリフですが、
達海の場合、采配がそんな思考プロセスに依拠しているように思いました。
佐倉と達海、「サッカー観が似ている」2人のがっぷり四つのゲームですが、
二人の間に一つの大きな違いが見えてきたような気がします。
窮地に追い込まれたかに見えるETUですが、ゲームの流れが変わっていきます。
ゲームの流れが変わる時、ピッチで何が起こっているのか、
その転換がナチュラルでテンポよく描かれます。
20巻に、サッカーを見ることに没入して行く佐倉の心境を説明するこんな一節があります。
「サッカーには理論があり、勝敗には理由があった。知れば知るほど、サッカーは魅力的だった。」
ETUvs山形戦は、まさにそんな一戦です。
この GIANT KILLING という作品は、
初めて読むときはこれから何が起こるのかワクワクしながらページをめくるのですが、
2度目以降にしても、見落としていた伏線を探す楽しさがあります。