今年4月から6月にかけて豊田市美術館で行われた同名展のカタログ本。この人の絵については色んな人が「繊細」という言葉で表現しているが、僕が一番納得が入ったのは奈良美智氏がブログで述べた以下の言葉だ。
「たとえば、僕の絵っていうのが、木々が集まった森を、塊としての森を描いているとするなら、むっちゃんは木々の奥深くに神経を浸透させて描いている。木の葉の両面、葉脈に流れる物語まで聞こえてくるようだ。」(ブログ「奈良美智の日々」より)
僕は90年代以降の具象表現の傾向の一つに「ぶっ壊れ感」というのがあると常々思っている。世界の空気がそうなってきているせいか、どこか暴力やグロテスクなもの、血の生々しさを内包した表現が多いように思うのだが、村瀬氏の特に最近の絵にある生命感は決してグロテスクではない。寧ろ、童話的な温かさと光を湛えていると言っていい。
また奈良氏は村瀬氏の絵を評して、こうも言っている。
「これからは、そんな絵が、高いクオリティを携えたそんな絵の理解が深まっていって、どうも自分のようにキャラクター的なものが画面を占領している流れってのは、下火になっていく気がする。」(同ブログより)
確かにアニメ/漫画とアートとの境界域に美術側からアプローチしたスーパーフラット的なムーブメントはキャラクター性を大きく取り入れた表現だったが、実際のところ以前から食傷気味な美術ファンは多かったと思う。少女を扱った初期作品から森の木々や鳥達にモチーフを移した村瀬氏の変遷には、こういう文脈でも「次」の予兆を感じることができるだろう。