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(1)数学的な表現の間違いは瑣末であり、本質ではない。
(2)数学的な表現を間違いとするのは、彼らのテキストを「読み込めて」いないからだ。
さて、同じ「ポストモダン擁護」と言いながら、(1)と(2)とでは全く正反対の主張である。つまり(1)が本書の指摘している数学的表現の「間違い」を間違いと認めているのに対し、(2)は間違いではなく、受け取り側の問題、理解力不足だとしている。
ポストモダン擁護派は本書を批判する前に、(1)と(2)との間で徹底的に議論して頂きたいものである。
いずれにせよ合理的には理解しがたい状況なのだが、とりあえず個人的には次のような解釈をせざるを得ない。
《ポストモダンのお先棒を担いだ人々は、かくもいい加減な記述を崇め奉りながら、一方で筋の通った解釈を必要としたため、それぞれが”優秀な頭脳”で同じテキストを千差万別に「読み込ん」でしまった。》
……まさに本書が指摘した、ポストモダン論文の表現のいい加減さ、という問題点と同根である。
さて、反論パターンとして(1)(2)に加え(3)として、本書の筆者への個人攻撃というパターンもあることも、敢えて指摘しておこう。いわく「フランス学会にルサンチマンがある」、「これ以後大した成果がない」。
仮に筆者達の人格が最悪としても(あくまで仮定!)、彼らの指摘はそれとは独立に全く有効であることは言うまでもなく、むしろ(3)を主張する人物の科学への姿勢を疑わせるのみであることは言うまでもない。
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