本書より後に出た『
福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』には空白がある。それは1号機海水注入の3/12夜と2号機海水注入の3/14夜の間の2日間である。首相官邸内部の動きを緻密に追って話題になった同書だが、この2日は83ページ(3/12夜の記録)と84ページ(3/14夜以降の記録)の間に消失しているのである。もちろん原子炉の状況を記した別のページにはこの間の記述もあるが、そこには「○時○分海水注入」といった事実が記されているだけで、なぜそのタイミングだったかはほとんど記されていない。
この『FUKUSHIMAレポート』の第1章はこの空白の2日間にスポットを当てる。急造の内閣官房参与(事実上、当時の菅首相の私的アドバイザー)として関わった日比野靖のインタビューによれば、この2日間、菅首相は1号機だけでなく3号機・2号機にも早急に海水を注入するよう主張し続けていたが、東電は言を左右にして同意しなかったという。日比野と第1章執筆者の山口栄一は、それは東電経営陣が廃炉を避けようとしたためであり、早急な海水注入を行っていれば3号機・2号機のメルトダウンは防げた、という見解で一致する。
これは、事実とすれば、山口が言うように刑事告発の対象になりえる過失犯罪であろう。
本書と『独立検証委員会報告書』の違いは端的にはここに表れている。
この2日間を空白にした『独立委員会報告書』が「東電寄り」といったことでは、おそらく、ない。
東電は独立検証委員会のヒアリングに応じておらず、同委員会としては欠席裁判は避けたのだろう。東電発表をそのまま掲載したりせず、あえてほぼ空白にしているのだ。山口の主張が正しければ、東電が独立検証委員会のヒアリングを拒否した最大の理由はこの空白の2日間にあったのではないかとさえ疑われる。
独立検証委員会は、欠席裁判をしないという前提があるからこそ、300名もの関係者にインタビューし、インタビューに応じた関係者に対する批判を含めた報告をまとめることが可能だったのではないか。
これが独立検証委員会の強みでもあり、弱みでもある。
この『FUKUSHIMAレポート』は日比野靖へのインタビュー以外はほぼ公開情報の分析のみによって成り立っている。だからマスメディアを喜ばせるような新事実はほとんど含まれていない。しかし、そうした形態だからこそ、独立検証委員会が成し得ないところまでの指摘を行うことができた。
政府の議事録が残っていないような状況では、真相が表に出ることは永久にないかもしれない。だが、このような合理的な疑惑の余地があるという認識を世が持っておくことには意義がある。
二つの「報告書」の成り立ちは全く異なるが、両方ともが必要な書なのだと思う。