ジェフリー・ダーマーとデニス・ニルセンを混ぜ合わせたような背景を持ち似たような行為をしている語り手の殺人者(+ゴス音楽系背景を持つもう1人の殺人者はいかにも彼女好みのキャラクター、本当はこっちが主人公なんだろう)に最大限に美しい絵を描かせるならこんな本になるのか、という一編の詩のように細密な作品。繰り返し描かれるニューオーリンズの雰囲気は、相変わらず彼女の作品世界にピッタリだ。
同時に彼ら殺人者たちが言葉を持ったとして、語ったのはこんな内容ではないだろうということも容易に想像できる。やはり、繰り返し死を描くデニス・クーパーの妄想も同様だが、彼らにはこんな言葉がなかったからこそ、あのような犯罪を犯したのだから。というより、あの行為自体が言葉だったのだという意味で、ジェフリー・ダーマーの内面に言葉や分析行為があったとは思えないのだ(事件に関してデニス・ニールセンが残した最大限の内面描写があの絵なのだろうが、見ていると空恐ろしい気持ちになった、そもそもこの2人は全然似ていない)。
そう考えると、どれだけ背徳的な内容であろうと安心して読める気がするというのは変だろうか。言葉に表現できるものは認識できるものだから(逆説的だが、もちろん現実の殺人行為を再現できないからこそ本が書かれるわけでもあるのだし、それは作者も承知の上なのだ)。