モンテーニュのエセーは 散歩に似ている。道草しながらも 悠々とその章のテーマを語る足取りは象の散歩のようだ。読む人は ある意味でその足取りに付き合わされる。「早足」の人は 時折いらいらするかもしれない。それでもモンテーニュは急がない。
小林秀雄は徒然草をこの本に似ていると評しているが 徒然草がいずれも短く切れ味が良いのに比べると 全く違う。敢えて言うと 小林秀雄の「徒然草」は 徒然草自身に似て 短く鋭い散文詩のような作品であることを考えると 誠にエセーの悠々振りが際立つ。
この本は 真面目に1巻から読むような読み方は似合わない。象の散歩のように いつでも何処からでも読み始めて いつでもまた本を閉じる。そんな読み方が正しいと思う。ゆっくり一生かけて読めば良い。僕も本を買って20年目であるが いまでも新しい。象にとっては20年間も大した年ではないのだろう。