巻末の「訳者解説」に「新大陸の解放者として歴史上名高いシモン・ボリーバル」とありますが、寡聞にしてはじめて耳にする名前で、平凡社の「ラテンアメリカを知る事典」を紐解いてみても、「ボリーバル教」の項目があるのみでした。結論から言えば、本書の「訳者解説」が手近なところでは最も詳しかったです。ラテンアメリカ諸国においては周知の人物であるということで、マルケス自身はそれを踏まえて「英雄の最後の日々」を描いているのでしょうから、いくら極東の島国で翻訳を手にするのであれ、多少の知識とイメージがなければ、その享受においてはやはり少なからず障壁が生まれてしまうのではないか、というのが読後に「訳者解説」を読んだ個人的な感想です。あるいはシモン・ボリーバルについての知識を持ち合わせていない読者には、「族長の秋」のような読まれ方も已む無しとしているのかもしれませんが、まぁそれはいくらなんでも考えすぎでしょう。ただ、だからといって「訳者解説」を最初にもってくるのもすこし違和感を感じます。こういったことをくだくだしく書き連ねるのは、本書の大半が「英雄の最後の日々」を描くことに費やされているため、ここで描かれる世界は陰惨で、誤解を恐れずに書けばどこか単調だからです。それが単なる老人の繰言のレベルに堕さないためには、読者の「歴史上名高いシモン・ボリーバル」という下支えが必要だと思えてなりません。もちろん、「族長の秋」や「百年の孤独」に顕著な幻想的な要素が抑制され、距離であったりなにかの数であったりが必ず明記されるといったことをはじめとするルポルタージュへの接近がみられるスタイルやスタンスの変化を楽しむこともできると思いますが、本書については作者との間に共有していないものが、ややマイナスに働いたように感じました。