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<オザケン>の愛称で親しまれている知性派男性シンガーソングライター、小沢健二が、シングル『春にして君を想う』(1998年1月)のリリース以来4年ぶりに活動を再開。
待望のニューアルバムは、ピアノメインのジャジーな<2>、魅力的な女性との駆け引きを描いたミッドファンク調の<7>、まるで耳元でささやいているかのように歌うアーバンR&B<11>など、ハイクオリティなスムーズサウンドがたっぷり楽しめる。1994年の名ナンバーを、グルーヴィなアレンジでセルフカヴァーする<8>も聴き逃せない。(依本美幸)
待望のニューアルバムは、ピアノメインのジャジーな<2>、魅力的な女性との駆け引きを描いたミッドファンク調の<7>、まるで耳元でささやいているかのように歌うアーバンR&B<11>など、ハイクオリティなスムーズサウンドがたっぷり楽しめる。1994年の名ナンバーを、グルーヴィなアレンジでセルフカヴァーする<8>も聴き逃せない。(依本美幸)
特集
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内容(「CDジャーナル」データベースより)
約5年ぶりの新作。眩い陽の光を連想させるような過去の作品群から打って変わり、濃密な夜の気配が全曲から漂っている。海外ミュージシャンで固めたトラックも圧巻だが、なにより小沢自身の歌い方の変化に驚いた。おそらく2002年一番の問題作だろう。
内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
たとえば、誰もが一度はこんな経験をしたことがあるのではないだろうか。同窓会で、昔の友人と数年ぶりに再会を果たす。そこで昔のニックネームで呼ぼうとするが、友人はすっかりたくましい大人へと成長を遂げており、呼ぶことができない。それが嬉しいと同時に、自分だけ置いてきぼりをくらったような複雑な気持ちに襲われてしまうことに……。
ここ数年はその動向に関する噂が都市伝説的に語られることが多かった小沢健二だが、約4年の沈黙を破ってリリースされたこのアルバムは、かつて彼をオザケンと呼んでいた人たちにとって、まさしくそういう作品だ。なかでもとくに驚かされるのが、その声質の変化。以前のような、ややもすると危なっかしさすら感じさせた線の細さ(でも、そこが魅力的だったのも確か)が消えてすっかり落ち着き、洗練されたサウンドとまったく違和感なくソフトに溶け合っているのだ。メロウなソウル感を主軸としたメロディもサウンド・プロダクション面も、かなりの演奏技術を持ったミュージシャンを迎えながらジックリと時間をかけて作り上げられたと思われるだけあり、耳当たりの良さという点では非の打ちどころがない。そして、その完璧なまでに完成されたトラックを囁くような歌声が優しく愛撫していくさまは、きわめて官能的でもある。おそらくこれは彼なりのエロティシズムの追求の仕方なのだろうが、最近の女性R&Bシンガーがよくやる露骨な性描写の下品さにウンザリしていた人間にとって、このエレガントな文学性に富んだエロティシズムはとても貴重であり、ありがたいものだ。
日本で膨大な情報の波をサーフィンしながら音楽生活をおくる人間にとって、ノイズを一切カットしたところで熟成されたこの大人の世界は、確かにものすごく遠い存在として映ることだろう。だがそうした状態に虚しさを感じている人にとっては、まぶしく映るのもまた事実。そういう意味でこれは、都会的センスとマナーを身に着けたスマートな大人のためのAORアルバムと言えるのかもしれない。 (小暮秀夫) --- 2002年03月号
ここ数年はその動向に関する噂が都市伝説的に語られることが多かった小沢健二だが、約4年の沈黙を破ってリリースされたこのアルバムは、かつて彼をオザケンと呼んでいた人たちにとって、まさしくそういう作品だ。なかでもとくに驚かされるのが、その声質の変化。以前のような、ややもすると危なっかしさすら感じさせた線の細さ(でも、そこが魅力的だったのも確か)が消えてすっかり落ち着き、洗練されたサウンドとまったく違和感なくソフトに溶け合っているのだ。メロウなソウル感を主軸としたメロディもサウンド・プロダクション面も、かなりの演奏技術を持ったミュージシャンを迎えながらジックリと時間をかけて作り上げられたと思われるだけあり、耳当たりの良さという点では非の打ちどころがない。そして、その完璧なまでに完成されたトラックを囁くような歌声が優しく愛撫していくさまは、きわめて官能的でもある。おそらくこれは彼なりのエロティシズムの追求の仕方なのだろうが、最近の女性R&Bシンガーがよくやる露骨な性描写の下品さにウンザリしていた人間にとって、このエレガントな文学性に富んだエロティシズムはとても貴重であり、ありがたいものだ。
日本で膨大な情報の波をサーフィンしながら音楽生活をおくる人間にとって、ノイズを一切カットしたところで熟成されたこの大人の世界は、確かにものすごく遠い存在として映ることだろう。だがそうした状態に虚しさを感じている人にとっては、まぶしく映るのもまた事実。そういう意味でこれは、都会的センスとマナーを身に着けたスマートな大人のためのAORアルバムと言えるのかもしれない。 (小暮秀夫) --- 2002年03月号