2005年9月にデンマークの新聞が預言者ムハンマドの風刺画を掲載し、イスラーム世界の強烈な反発を招いた事件があった。本書は関係各国の反応を中心に事件に対する動きを15人の論者がまとめたものである。
評者には、ムハンマドをテロリストの親玉に比す絵は自由な表現に基づく風刺ではなく、中傷・煽動・挑発に属するとしか思われないが、南デンマーク大学準教授から、今回の事件の以前からデンマーク国内にイスラーム恐怖症が蔓延し、そしてそれを煽る政治勢力あるとの具体的な指摘があり、動機という点からもうなづけるところが多い。
一方、イスラム世界の暴力的反応にも批判が多く、特にアラブ諸国の独裁政権が糸を引かなければあのような大規模なデモは行ない得ない国情の国が多いことからすると、煽動に乗ったムスリムの行動にも批判は強い。
大使館に放火するような暴力的な反応をイスラームになじまないとする反応はイスラーム社会にもあるが、それよりも池内恵著の「現代イスラーム社会思想」で指摘されたようなイスラーム世界の知的混迷に通ずるような見解があるのも興味深い。
また、傍観的立場ながら関心の小さくないイスラエルからは、「かつて、フランスでの反ユダヤ主義は表現の自由の美名のもとで成長した」との指摘があることと、イスラーム諸国には今回の風刺画を、偶像崇拝禁止への抵触と捉える見解が全く無いことを記憶しておいてよい。
いずれにしても、他者の尊敬の対象に相応の敬意を払うのはエチケットとして当然と思う。表現の自由は、自由な精神に不可欠であるからこそ守られるべきであり、他者を傷つけなければ精神の自由が得られないというのならそもそも保護に値しまい。