セクハラで職を失ったケープタウンの大学教授が、自分の娘が移住した南アの田舎に行き、そこで、恥辱を味わう話。しかし、恥辱を受容した先に、新たな希望のようなものも見えて、読後感は、さわやかだった。
教授は、西欧の価値観の中では成功者と呼ばれるであろう職業についているが、それに面白みを感じないほどだらしなく伸びきった生活をしている。しかし、セクハラで職を失ってもなお、ある種のプライドがあるし、自分を保てている。そんな彼が自分の娘が田舎で直面している生活を見て、自分のこれまでの価値観が何の力も持たないことを徐々に感じ自分を保てなくなっていく。西欧の価値観や知的階級が通用せず、アパルトヘイト撤廃後で暴力的で混沌とし新たな価値が生まれ出ようとしている南ア。知的都会人の教授が、それらをどのように処理していくのか。グローバリズムでよく言われる多様な価値の受容がいかに難しいかを見せ、西洋中心主義を超えた次世代の価値のあり方の模索を問いかけているように感じた。そして、人間のたくましさも。
今、ふと思った。「恥辱」は、教授が田舎で味わったことではなく、もしかしたら、ケープタウンにいたときの教授自身を称しているのかもしれない。