歴代の米国大統領で、ブッシュ前大統領ほど世界中で馬鹿にされた大統領はいない。政権後期に至っては、ブッシュを批判するのが知的とされ、日本のマスコミやアカデミアでも確実にそのような風潮が存在した。そんなブッシュ氏が大統領を退任して約2年後に出版したのがこの自伝である。ブッシュ氏は史上最低の大統領などど揶揄されていたにも関わらず、米国では本書は大ベストセラーになっているという。オバマ政権の行き詰まりから来る右への反動も当然大きな要因であろうが、ブッシュ政権終了から2年を経て、大統領の自伝を読むことで冷静にブッシュ政権の振り返りを始めたいという多くのアメリカ人の思いもあるのではないだろうか。
本書を読んだ率直な感想を言うと、ブッシュ氏のフランクで飾らない人柄に魅了された。文は人なり、と言うが、クリントン氏の自伝を読むと氏が自己顕示欲の塊だったことが分かるように、本書を読むとブッシュ氏の実直な人柄が良く分かる。クリントン氏ほど才能は無かっただろうが、ナイスガイであったことは間違いない。随所にちりばめられたユーモアは面白いし、子供の頃から青年期にかけてのエピソードも面白い。大統領の息子ということで温室育ちだったのかと言えばそうではなく、自分の人脈を駆使して自分のキャリアを切り拓いており、特に大学を出たての頃などはかなり粗末な家に住んでいたようである。30歳頃まで定職を見つけることができず、また、結婚してもなかなか子供ができず養子縁組を真剣に考えていた、などなどそれなりの苦労人でもある。
ただ、何と言っても本書の最大の魅力は大統領時代の記述、特に9・11とアフガニスタン、イラクでの戦争についての記述であろう。本書の大半がこのような安全保障関係の話題で占められており、臨場感がある語り口になっているし、機密解除されたインテリジェンスもちりばめられているので、非常に読み応えがある。また、政権の安全保障チームを選んだ理由、チェイニー副大統領との関係についても言明がなされており、大変面白い。日本との関係では小泉首相については写真付きで何度か記述がある。英国のブレア首相の登場頻度には及ばないものの、当時の日米関係が米国にとっても極めて重要だったことが良く分かる。また、日本のマスコミでも紹介されていたことだが、北朝鮮の核問題をめぐってブッシュが中国を説得する際に、北朝鮮が核開発を続けたら日本の核武装を止めることができなくなる、とのロジックを使ったとのこと。米国と中国にとって、日本の核武装がありうるオプションとして考えられていることは日本人にはなかなか理解できないのだが、これが現実なのだろう。
大統領の自伝というと大部のものが多い中、この自伝は重要な決断を下したことに絞って書かれてあるため、480ページというのは比較的短い方である。しかしながら、英語で480ページを読むのはなかなかつらかった。一般の米国人でも読めるような平易な英語で書かれてはいるが、これを読破できる日本人は少ないだろう。早く日本語訳が出てほしいものである。