登録情報
|
ある日、某大手掲示板に『猫祭りを始めよう』等というスレッドが立った。
最強、最悪の事件の幕開けだ。
それはネット上において、子猫の虐殺がライブ中継された事だ。今ではもうない『犬猫大嫌い板』(現在では、苦手板に変更されている)と呼ばれる場所で、陰惨な事件は起こった。犯人は、ゴミ捨て場で餌を漁っていたと思しき子猫を捕獲し、ネコ缶を与え、その後、無惨にも生きたまま子猫を虐殺した。
それを見ていた通称『虐待愛好者』なる愚かしい人間達が知恵を出し合い、「ああしたらいい」「こうしたら面白い」などと犯人を煽って、生きたまま、子猫は辛く、苦しい、儚くも短い生涯に幕を下ろす事になった。
死に至るまで、約四時間だったそうだ。
これは二年ほど前の事件ではあったが、風化されてはいない。いや、風化するどころか、『こげんたの輪』は広がり続けている。
だが、その影で、『動物愛護センター』と呼ばれる場所では、殺処分が行われているのだ。不要犬・不要猫として、飼い主が手ずから連れてくる。
「いらなくなったから」
「今度引っ越しするに辺り、動物が飼えないので」
人間とはなんだろう? 何様のつもりなんだろうか? 命を軽んじすぎている。尊厳はどこへ行った? 命の意味とは?
動物は物ではない。一時的に流行る犬種ほど、殺処分も多いと聞く。飼うからには、死を迎えるまで一緒にいて遣るべきではないのか? 最期を見とって遣るべきなのではないのだろうか?
敢えて言う。
「いつから日本はこんなアホな連中の住む国になったのか!?」
もっと真剣に、命の尊さを学んで欲しい。
善良で、モラルのある市民なら、決してそんな事はしないだろう。何故なら、
「人間を含め、どんな生き物であっても、命は一つしかない」
と、知っているからだ。
なのに、あの男は殺った。そして未だに周りからは、犯人を褒め称える書き込みは消えない。
この本の著者であるmimi様は当時、あまりの衝撃故に、涙を流しながら、夢中でHP『Dear,こげんた』を作成させた。
「どんな生き物でも、命は一つしかない!」
そう訴えて。
それに共感した方々が、全国から次々と集まりだした。署名活動もまだ続いている。「可哀想だ」と言って泣くのは簡単だが、そんな暇があるなら署名活動をして欲しい。
そして、一人でもいい。知って欲しい。
この世に「不必要な命は断じてないのだ」と言う事を!
特に、子供には知って欲しい。
命の尊さを。その尊厳を。同じ生き物として、同じく命を宿しているのだと感じて欲しい。
恐ろしい事件だった。電源を切って見ないこともできた。自分の生活にかえれば、そんなことは忘れることができるはずだった。しかし公開された命を玩具にする写真は子猫が虐待されているという事実を超えていた。そこにあるものは、世間で起きていることへの私自身の無関心さをえぐった。戦争も猟奇事件も、適度に怒り、適度に忘れることで日常生活にもどることができた。それがなぜ同じようにこの事件ではできなかったのだろう。それはたぶん、子猫があまりにも無力で、この世界にひとりぼっちで、一切の法律にも国家にも守られはしなかったからだろう。人間なら犯罪者でさえ守られるのだ。
ネット掲示板では「たかが猫の虐待になにをヒステリックになっているのだ」という意見もあったように記憶している。しかし「たかが猫」さえ救えないで、どうして多くの命が守られようか。立場や年齢の違う人々が守ろうとしたものは、あまりにも小さく無力であるがゆえに快楽で引き裂かれた命である。世界が命を弄びはじめた時代に、命を取引に使う時代に、その時代の悪意に我々がすこしでも正気でいるためには、どんなに小さかろうと、どんなに無力だろうと、この子猫の命をけして忘れてはならないように思う。これは忘れないための人々の記録である。
|
この商品のクチコミ一覧
クチコミを検索
|
関連するクチコミ一覧
|
|
|