自分の名前をただ冠しただけのこの1st、その後「変装」してしまうことになるブロムバーグの「正体」である。
とかく賑やかさばかりが印象に残り、私としては当て外れの来日公演('78)だったが、やはりこの人の本領は(精々ベースやハーモニカを伴う程度の)アコースティック・ギターによるソロではないかと思う。それが彼の本来の姿、つまり「正体」というわけだ。
まるで手品でもするように、その器用な指遣いで、ある時はフィンガー・ピッキング、またある時はフラット・ピッキングの早弾き、更にはボトルネックまで駆使して、フォーク、カントリー、ブルース等を聴かせてくれる。(ギター好きには堪らない1枚となるだろう。)もちろん、彼はただ技術的に「音」を弾いているのではない。彼の弾いているものは「雰囲気」である。「雰囲気」を弾くことで聴く者を唸らせるのだ。例えば1)の間奏部分。そこに聴けるのは、絶妙なピッキングとチョーキングで表現された「雰囲気」に外ならない。
歌もまた同様で、一癖ある歌い方で時にボソボソと、また時に吐き捨てるように歌う。正に「雰囲気」である。5)のカントリー・ブルースなど、ただ歌うのではなく、ギターが巧みに絡んでくるから聴き逃せない。ふいに歌が途切れ、代わりにボトルネックのスライドが歌う。絶品である。
何曲かはライブ仕立てで録音されていて、それがまたこの「雰囲気」作りに一役も二役も買っている。
特筆すべきは9)だろうと思う。ディランが何かを吹いたとか、そういうことではなく、詩のもつ特異性ゆえである。どこかサリンジャーの短編を思わずにはいられない。精神面での障害が危惧される16才のサミー。物語のその後を気がかりとして残し、アルバムは終わる。