Dr. Mullisは、いたずら好きで女好き。ドラッグもやるが、それをはっきり認める正直者でもある。しかしこれはすべて彼の純粋な好奇心から来るもので、それが結局彼にノーベル化学賞をもたらすことにもなるのである。正直者ゆえ、既成概念や学会内の権力等にも愚直といっていいほどどんどん疑問を投げかけていく。例えば、少なくともこの本が書かれた時点(1998年)では、まだHIVがAIDSの原因であるとする科学的根拠は何もないこと、またフロンガスの使用がオゾン層の破壊と地球温暖化を促進しているという説も疑わしいことなど、とても分かりやすく理詰めで解説してくれる。その上、これらにまつわる博士自身の体験談が非常におもしろく、読者をまったく飽きさせない。
ただ、宇宙人との遭遇談と占星術の信憑性に関する記述に関してだけは、それこそ科学的裏付が乏しいように感じる。主に博士自身の経験だけがその根拠であり、それをサポートする客観的なデータが完全に欠落している。しかしながら、一般受けを狙うという観点からすれば、これも理解できないわけではない。実際、宇宙の神秘に対する興味というものは誰もが持っているものであろう。O.J. Simpson裁判に関する博士のエピソードなどがこの本に含まれていることもやはり商業的な受けを狙ったことの証しなのではなかろうか。
とはいえ、「科学に必要なのは純粋な好奇心と正直さである」ということを楽しく再認識するには、この本、そして"Surely You're Joking, Mr. Feynman"あたりが最適な読み物になるのではないか。Richard Feynmanも非常に正直で人間味のある科学者であったが、Kary Mullisに比べるとずっと優等生に見えてしまう。「遠き落日」が聖人野口英世のイメージを根本から破壊し、世界的科学者も結局くせのある人間に過ぎないことを示してくれたが、この自伝はそれが広く本当であることの一つの証拠になっているように思える。