企業が、株主など所有者のために利潤をひたすら求めることを最大の目的としている限りは、他者を思いやる社会や個人が尊重される社会とは決して相容れないと指摘。「企業は人を非人間化するという義務を有している」とまで言う。米ゼネラル・エレクトリック(GE)が1990年から2001年までに40以上の法律違反で罰せられたことには、「実際的なビジネスの見方では罰金など事業上のコストの1つに過ぎない」と語り、その反社会的な性格を糾弾する。日本でも議論され始めている「教育市場」への企業の参入についも懸念をあらわにする。とはいえ、本書は共産主義的な思想書ではない。グローバリゼーションを盲目的に信仰する風潮を憂える識者の警告である。
(日経ビジネス 2005/01/03 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
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ところが、著者は、ミルトン・フリードマンの言「経営者の唯一の社会的責任は、株主のために多額の金を儲ける事、これが道徳的な義務だ。社会や環境上の目標を利益に優先する(道徳的に振舞おうとする)経営者は、非道徳的だ。企業の社会的責任が容認されるのは、それが利益追求の方便である時のみで、偽善が収益に寄与すれば良く、道徳的善意も収益に繋がらなければ非道徳だ。」を取り、これに反論する。
ドキュメンタリー映画の原作で、フリードマン、ドラッカー、マイケル・ムーア、チョムスキー等が出演する。著者の基本的な見解は、「「企業」とは病的な機関であり、人間と社会に対して大きな影響を持つ危険な存在である。」と言うこと。法学者として、資本主義や経営学の理論や歴史に関してかなり深くフェアーに分析し、「企業」や政府・公益等について持論を展開している。
面白いのは、公共領域の民営化への反対論。「今や、企業が政府に強力な影響力を行使し、世界の支配的な機関になった。道徳性を持たないグローバルな商業主義という危険な原理主義の公共領域への浸透が、経済社会の安寧と人類の幸せを危機に追い込む。国家が、企業から公益や公衆を保護する力と役割の保持は必須。」と説き、企業規制システムの改善案を提言する。示唆に富む論述が多い好著。
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