グート演出のモーツァルトは、フィガロ、ドンジョバンニと順番に観てきました。面白いことは面白いんですが、フィガロはもうちょっと、いやもっと、落ち着いて音を聴きたいと思うことが多かったですね。ドンジョバンニはずっと違和感が薄れましたし(慣れたのか?)、いきなりの意外な展開(ネタバレするので具体的には言いません)も、後々説得力を持って来ました。
まあ、でもどちらも歌手たちの動きを完全に演出家がコントロールしてる感じが前面に出ていました。
このオペラもそうです。・・・彼女が出てくるまでは・・・
デスピーナ役のパトリシア プティボン、登場の瞬間から、舞台は彼女を中心に回り始めます。一体どこまでが演出家の指示で、どこからが彼女の持ち味なのか?どう見てもアドリブ的な動きに、演出家はどこまで関与しているのか?ドン アルフォンゾがしばしば驚きの表情を浮かべるのは、本当に演技だけなのか?そもそも、本当に、いいのか?ここまでやっちゃって。天下のウィーンフィルの木管まで引きずり込まれ、力いっぱい彼女の歌まねをトリルで表現、もう誰にも止められない。
いやでも、しかし、一番笑わせるのも彼女だけど、音楽そのもので、一番うっとりさせる瞬間を作ったのも彼女なんですよね。それに、デスピーナって、そもそも、そういう役どころなんじゃないでしょうか。たぶん、モーツァルトは、大喜びしていると思いますよ。なんか、プティボンとモーツァルト、話が合いそうだなあ。