聴きようによっては、後のタンジェリン・ドリームやアシュラとの類縁性が認められなくもないサウンドだが、意図するところはまったく別物。後のクラスターの作品同様、この人たちには、特定のメロディやリズムへの関心がほとんどないので、音楽にすらなっていない。音楽というよりも、まるで音の響きや、音が喚起するイメージ、あるいは、音が鳴っている状況に興味があるみたいだ。ソロでやるとそれぞれの嗜好がわかれ(レデリウスは自然派、メビウスは機械派か)また別な興味深い世界を見せてくれるが、クラスター名義だと、割りと方向性は一貫しているような気がする。この作品はクラスターのそういったコンセプト(?)が大変わかりやすい形で表現され、また何度も聴いてみたいと思わせる(「誰でも」とは決して言えない)初期の傑作(私にとっては)である。