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愛とは、その人(あるいはその存在)だから愛するということ、人間以外のものでも、「私」がそれを心あるものとみれば、それは心あるもの、そうではないのか。相手が人間であっても、「私」は自分以外の人の気持ちを直接感じることはできないのだから、人型パソコンと変わらないではないか。相手に心があるとどうして言えるのか。「私」が彼、彼女を心あるものとしてみているからではないか。そうであれば、人型パソコンであっても同じことであろう。
相手を心あるものとして付き合うことによって愛がうまれる。愛によって、相手を心あるものとする。ちょびっツは、2つのテーマを向き合わせることで、互いに一方が他方を鮮明に照らしだす。それらは、主人公秀樹と「パソコン」ちぃやその他様々な人とパソコンとの関係として豊かな彩りをもって浮き彫りにされる。
科学的なものの見方が一般的になったいま、物と心という非常に重要でありながら敬遠されがちな問題が、科学の進歩によってうまれた身近な問題として鮮やかに描かれている。そしてそれは愛と切り離しえないのである。
ちょびっツの世界はいまにも実現されそうなもの、現実でありうるものとして私には感じられ、この作品の隅々まで血が通っているように思われる。
まず手にとって驚いたのは、右扉だったことです。日本の漫画が向こうで訳出される際には版を左右反転させ、左扉に作り直すのが常なのですが、本書は日本と同じ読み順です。また、擬音の大半が日本語のままになっています。なるべくオリジナルを加工しないでおきたいという編集方針のようです。
パソコンがすべて人型になっているという設定の日本。浪人生の主人公・秀樹がある日、ゴミ捨て場に女の子型パソコンが捨てられているのを見つけ、アパートに持ち帰ります。"It's that dumb luck that can only happen when you've got a fairy godmother granting all your wishes."(これってつまり、どんな願いでも叶えてくれる女神さまってやつかひょっとして)
残念なことに、この漫画ではそう事はうまく運びません。ちぃと名付けられた彼女は、どうやら自作で、おまけにソフトはいっさい入力されていないことが判ります。予備校の同級生の紹介で、秀樹はパソコンに詳しい天才中学生に相談します。彼・稔くんは言います。"She might even be a Chobit"(この子はちょびかもしれない)
"There's a rumor circulating on the internet about a powerful new model of persocom with the codename Chobits." (ちょびっツというコードネームを持った新型の強力なパソコンの噂がネットに流れているんだ) それはソフトに依存しない、自己学習能力を備えた特別なパソコンなのだ、と。
とはいえ、それはあくまで都市伝説であって、実在するのかどうかも判らない。とにかく秀樹はちぃを教育していくことになります。まずは下着を着せようと、恥ずかしい思いをしてパンティを買ってくるも、何も知らないちぃはそれを頭にかぶってしまいます。"No! Chi! That's not what you're supposed to do with those!"(違う、ちぃ、それはそうするものじゃない) その無垢さ故に、秀樹を色々悩ませる彼女。でも秀樹は思います "But she's so cute, who cares?!"(でもかわいいからいいや)
もしあなたが秀樹と同じ思いなら、英語を喋る本書のちぃのことも、きっと好きになることでしょう。
……期待はずれでガッカリ……... 続きを読む
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