この作品ほど進化し続けているミュージカル作品も他には類がない。海外では60年代の初演、そして90年代(日本では2001年の来日公演)のリバイバル更にその後の再来日公演を始め国内でも84年以降に何度も再演されている。
この“ニュー・ブロードウェイ バージョン”の演出はサム・メンデスであるが、その演出スタイルには当人の本職らしさ(映画監督)が随所に織り込まれている。原作の『私はカメラ』『ベルリン物語』を十分に意識して、例えばオープニングではMCがキットカットクラブののぞき窓から客席を覗いていたり、観客の視線をカメラのファインダーから被写体を見るような感じでステージ上の動きを振り付けている(例えば“Money Money”でのMCが小さなオルゴールで曲を奏でるシーン)。そして何よりもこのニューバージョンは全くのオリジナルとも呼びうる内容に仕上がっている。元々の作品では舞台まわしに徹していたMCがこの作品では衝撃のラストシーンでは一人の主役に匹敵する重要な演技を見せる。黒革のコートでステージに登場した彼が“AUFWIEDERSEHEN ANBIENTOT”の台詞を残しコートを脱ぎ捨てると、そこに表れたのは“黄色い星”と囚人服を纏った男の姿であり、彼は他の登場人物と共に核を思わせる閃光の中に姿を消す。
そしてこの作品で新たに追加された曲目『I don't care much(“知ったこっちゃない”との邦題が付けられているが個人的には“だから言わないこっちゃない”との方がしっくりきていると思われる)』がこの作品全体にメリハリを付けている。作品の持つ現代的なメッセージを前面に出すにはこの曲がどうしても必要だったのである。湾岸戦争からまだ時間もそう経過していない時にこの作品を再構成し上演するにはどうしても一つの意味が必要だったと思われる。それが“一つの方向へと流れる不安”“傍観者だった筈がいつの間にか嵐のまっただ中に放り込まれる主人公になってしまう危険性”“あれよあれよという間もなくなし崩し的に物事が決められていく恐ろしさ”。そして何よりも“(他の誰かによって決められる)役に立つか立たないかとの基準がその人の価値を決めることへの疑問と抵抗”がある。だから最後に唄われる『Cabaret』は決して綺麗な歌い方ではなく“たたき付けるように歌われる”。
そして最後に、現在日生劇場で上演されている『CABARET』でもこうしたポリシーは十分に生かされている。サリーとの生活に終止符を打ったクリフがアメリカへ帰り、軍隊に招集され戦場で生命を落とすることでステージは幕を閉じる。
ひたひたと足音も立てずに忍び寄ってくる戦争の恐怖、ミュージカルでありながらそこにはジャーナリズムの精神が息づいている希有な作品である。