ジェロさんの歌とは、なんだろう? 今、youtubeで、大川栄策さんの「さざんかの宿」を聴いたばかりだが、この大川栄策さんの歌も、まったく、否定できないのだ。そこには、大川栄策さんが、まるごと居る。なんと、見事に、まるごと居ることか! まるごと居ることには、泣かせられるものがある。それが、どのような表現であろうと、まるごと居ることは、否定することができない。何故、まるごと居ることが、否定できないのか? それは、そのようにしか、そのひとのありようがないからだ。だから、そういうひとは、地べたに張り付いている。ものの見事に張り付いている。そういうひとは、世間の塩辛い水と結婚したようなものだ。だから、そういうひとは、飛ぶことができない。でも、誰にそれを非難する権利があるだろう? ジェロさんは、飛ぶことができる。軽々と飛んでいる。でも、その飛ぶことは、地べたに張り付いているひとがあってこそだ。だから、わたしは困っている。どちらも否定できないからだ。どちらも存在する権利を有している。どちらかいっぽうしか、存在しないというのでは、困るのだ。お互いが、お互いを助け合っている。それが、事態のありようだ。わたしは、どちらも愛する。それしか、云いようが無い。願わくば、日本の演歌界が、ジェロさんの出現で、お互いの価値が再認識され、より豊かになりますように・・・・。それしか云えない。