まず、私がこのアルバムを☆3個の評価にしたのは、聴く人によって1にも5にもなりうるアルバムだと思ったからです。なぜそのような評価の揺れが起きるのかというと、昔のBUMPと現在のBUMPが奏でる楽曲には多少なりとも明らかな変化があって、それを受け入れるのか、否かが人によって違うからです。
BUMPの楽曲の変化とは、サウンドが重厚になったり、メロディが複雑化したことも挙げられますが、技術の上達に伴い音作りがより凝ったものになることは、他のミュージシャンにもあると思います。着目して欲しいのは、歌詞の変化です。
1作目のFLAME VEINから4作目のユグドラシルまで、藤原氏の書く歌詞はそのほとんどが『自分対自分』でした。氏の圧倒的な自意識から生み出される極私的な内情の吐露であるはずが、他者である聴き手の共感を得てしまうという、『人間あるある』とでもいうようなものです。
5作目のorbital periodでは、それまでの『自分対自分』から、一歩踏み出して『自分対他者』になります。4作目までも他者の存在する歌詞は多々ありましたが、どれもが『他者を灯台にして自分を照らす』というものでした。しかし5作目になって、他者との関係性に重点を置いた歌詞が顕著になります。
そして今作。アルバムの主流は『自分対時空』です。COSMONAUT=宇宙飛行士というタイトルは、現在まで生きてきた自分の過去(そして他者の過去)と、その他者と生きる今を、他者と共に時空旅行する、したい、という思いのあらわれのように見えます。
BUMPの歌詞の変遷は結局、藤原氏の成長でもあると思います。今まで曲作りをするときはずーっと一人だった氏は、今作の制作過程で、仕事仲間の方に『曲が無くてもスタジオに来なよ』と言われて嬉しかったそうです。自分を出発としたセカイから、セカイの中を生きる自分へ。
BUMPと共に現在を生きている私はとても幸せです。みなさんはどうでしょう。