非常に幸いなことに、私はこのチェリビダッケ&ミュンヘン・フィルの1986年の日本公演を実際にライブで聴いています。
あのときの圧倒的な音楽的感動、あり得ないほど完成された巨大な芸術に度肝を抜かれ打ちのめされたひとりです。
それ以来この指揮者とオケの大ファンを続けてきましたが、こうしたCDを聴くたびにあの時の大きな感動がまざまざと蘇ってきます。
それは本当に稀有な、奇跡のような音楽体験でした。
でも反面、この「チェリビダッケ・エディションVol.1」の解説にも書かれていたように、あの巨大な音楽をCDに取り込むことはそもそも無理がありすぎるのかもしれません。
このCDだけを聴かれた方は、おそらくテンポが遅すぎて全体の構成まで崩れてしまった、我慢しがたい演奏に感じてしまうのではないでしょうか。
私もCDを聴いただけでしたらきっとそう思ってしまっていたでしょう。
それほど、コンサートでの響きとCDでのそれとは明らかな隔たりがあるように思います。
(決してCDの出来がよくないというわけではありません)
あの、コンサートでの
ひとつひとつの音符すべてにあり得ないほど大きな意味を持たせたような圧倒的な響きを実際に聴いてしまうと、こうしたCDは単なる「記録」にしかすぎないような気さえしてしまいます。
いみじくもチェリのご子息チェリビダーケ氏が書かれているように
「写真のアルバムを懐かしく眺めるような」聴き方をすべきなのかもしれません。
(そうすると、音楽CDとしての価値はどうなのか?という問題も生まれてしまいますが・・・)
少なくともひとつだけはっきり言えることは
ここで演奏している誰もが、録音のことなど何一つ考えずに演奏しているという事実です。
その点こそが、このCDの持つ大いなる価値と重大な欠点を要約しているような気がします。
もう二度とライブ演奏を聴くことができないということが
あまりに残念でなりません・・・