ひたすら抒情的で、美しく心地のいい音。ふくよかでありながら流麗な音楽である。なのに鮮烈。発音がどこまでも明晰。それ以上に何も言うことが見つからないので書いてしまうけれど、私はこの人の演奏のいい聴き手ではなく、八十年代にペライアがモーツァルト協奏曲の弾き振りをして「巨匠」と呼ばれるようになった頃、あれは自分にとって必要のないものだと結論して、以来ずっと距離を置いてきた。音楽というのは不思議なもので、どんなによい音楽であろうと、その口当たりの良さがかえって徒[あだ]となって受けいれがたく感じられることもある。若くて、ピアノによる演奏をすでに一生の拠り所と決めていた人間にとって、ペライアの「美しくあることだけを求めている」かのような抒情性は、ルプーのリリシズム以上に圧倒はされるものの、理解しがたいものであった。
私的な話はこのへんにして、いまこのブラームスを聴いてみると、30年近くが経ってみて音楽の彫りが深く感じられ、昔と違って音が耳と心に染みてくる。これはペライアの演奏スタイルというより、聴く側の感性が多少は変容したというのが大きいだろう。とはいえ、かつてに比べて、彼の息づかいもゆったりとし、音質の美点はそのままに、音楽のテクスチュアも渋みと温かみが増したのは確かだ。好みということでいくなら、ブラームスのヘンデル変奏曲ならケンプあたりの(さすがに対抗馬にアラウの名前を出すことは控えておこう)演奏のほうがいまでも身がまえずに聴けそうな気がするが、このユダヤ系でブロンクス出身、ロンドンで暮らして久しいというピアニストの瑞々しく、きらきらする演奏の魅力も捨てがたい。他の楽器についてはいざ知らず、やはりピアニストというものは一生を通じて聴いていくのが醍醐味なのだと痛感。このアルバムが届いてからの数日にかぎっても、何度か聴いてから他の奏者によるブラームスを何枚も取り出して代わる代わる鑑賞し、最後にまたペライアに戻ってきてやはり美しいと、あとは何もむずかしいことを考えずに聞き入る体験の楽しさときたら。
この音盤を初めてプレーヤーにセットして聴いたときの内心のつぶやきは、これほどに流麗でありながら、ごたつくところはいっさいなく、変にとんがってもいないのになんと自然な音楽なのだろう、というものだった。ニューヨークやロンドンの風景によく似合いそうな音だ。ブラームスなのだけれど、ビリー・ジョエルやカーペンターズ、もしくはサイモン&ガーファンクルなどの英語系のボーカルがお好きなかたにぜひ聴いてみてもらいたい。