学校では優等生に徹し、家では暴君のように振る舞う少年は、あまりに献身的な母親に依存しながらも反発を感じ、頼りない父を徹底して嫌悪する。性のめざめ、自分は何者か、父方の農場への憧れ、といったさまざまな感情のなかで揺れる少年時代を「内心のひだにまで分け入って繊細かつしたたかに探りあて、あざやかな、突き放したような文体で描ききった」傑作。
少年は1940年、ケープタウンで、オランダ系入植者アフリカーナーの父とドイツ系の母をもって生まれ、家庭内では英語を使う、という当時の南ア社会では完全にアウトサイダー的な家庭で育つ。
1948年にアフリカーナーを支持母体とする国民党が政権を握ると、民族を分離するアパルトヘイト政策をとり始め、白人社会も出身によってアフリカーナーと英国系の2つのグループに分けようとした。ケープタウンからアフリカーナーの多い内陸のヴースターへ引っ越した少年は、英語で学ぶクラスに編入されるが、アフリカーンス語で学ぶクラスへ編入されるのではないかという悪夢にさいなまれる。騒々しくて攻撃的な態度でのし歩き、ことあるごとにけんかをふっかけるアフリカーナー少年たち。そのなかへ放り込まれることになったら自殺する、と少年は思いつめる。
幸い、ふたたびケープタウンの寛容さと雑踏のなかにもどることができたが、次に待ち受けていたのは、弁護士を開業した父親の借財という悪夢だった。
ここに描かれた少年の50年後の姿が現在の作家クッツェーということになるのだが、その小説世界の原風景を彷彿とさせる、クッツェーファン待望の書でもある。邦題は『少年時代』。(森 望)
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内容的には、植民者であるイギリス系白人たちとも、現地の黒人たちとも異質な作家の家族の姿が中心的に描かれている。少年は「普通でない」自分の家族を半ば嫌悪し、自分がそのような家族に属しているということの居心地の悪さに悩む。彼の繊細な意識の感じとった疎外感は、南アの抱え込んだ人種問題の縮図である。
これは、普通我々が作家の自伝に期待するようなノスタルジックな心地よさとは無縁の書物である。アパルトヘイト廃止後の今、クッツェーの自伝を読むことは「歴史」を感じさせてくれる希有な体験に他ならないだろう。
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