浜田省吾は一貫して文明社会のカルマから目をそらさず、歌い続けてきたミュージシャンです。当にロックシンガーそのものなわけですが、特筆すべきはバブルの80年代からずっと社会問題を提起し続けていた点です。
80年代はロックが幅広い音楽と融合していく時代ですが、70年代からのプロテストの要素が薄まり、ある意味スタイルとして一部保守化したり自由なファッションのようになっていった時代。
(しかし表現は洗練されジャズ等非常に独創性に優れた時代ですが)。
その真ん中で社会派であり続けることは下手をするとダサくさえ見られてしまいます。しかし浜田省吾はポップスシンガーとして佳作を生みながら、
一方で根底にある握り拳を決して失わず、ロックとしての自分の姿を押し通しました。
それが現在多くの中堅・若手ミュージシャンから信奉される礎にっていると言えるでしょう。日本のロックがロックであり続けられたキーマンの一人であり、今作はその鍵となる曲達が集められたことは確かです。
4、5、6はコンセプトロックアルバムとも言える名作『Father's Son』から。親と子の葛藤という、大変ロックに相応しいテーマと、この国の独立の在り方を重ねます。
親と子の関係においては高校生の頃聴いて、大いに自らと重なり、10代特有の暗欝とした気持ちの代弁のように聞こえました。しかし大人になっても向かい合える曲なんですね。それが後者の側面です。
この国は、どこからおかしくなったのか。その鍵はやはりこの歌のように1945年に還りますよね。終戦ではなく敗戦、そして日米安保を分岐点として、国と青年のスタンド・アローンの在り方を歌います。
(戦後教育の舵の不明瞭さは、この歌の頃から何も変わっていないように思います。特に昨今の我が国の政治のひ弱さ、外交・安全保障面での狼狽を目にしては、ますます。)
4「THEME OF FATHER'S SON」に新しい詞が加わったのは嬉しいですね。といっても少しの情景描写だけですが。
ただ、齢を重ねると、家族がみんな揃っていた平和な風景というのは心の宝物ですから。この歌はそんな一人一人の想い出への案内人のように存在してくれます。
プロテストソングが集められたわけですが、勿論歌たちが社会問題に対し答えを示しているわけではありません。
ただ、これらの問題を前に、今まで呪文かマインドコントロールの如く、思考停止と同時にある答えを教育から付与されてきました。
しかし、今やそれでは全てが行き詰まっています。一人一人が自ら現実や足元をよく注視し、複雑に絡んだ紐から糸口を見つけなければいけない時代を考えると、
今作は過去の歌たちなのに、まるで今の時代を映し出した鑑のようなアルバムに思えます。
最後の「桜」が鳴ったとき、様々に挙げられてきた諸問題に対し、“それでもなお”という気持ちが湧いてきました。この曲が我々のこころを包み、道を照らしてくれるようで。
この旋律を聴いていると、人がどうやって希望をつないできたかという浜田省吾の未来への想いに触れたような気になるのです。
ただ、理想に埋没してしまえば1945年から何も変わらなくなって、今作の振り出しに戻ってしまうのでしょう。