ハンガリーのピアニスト、ヴァーリョン・デーネシュ(Varjon Denes 1968-)による2011年録音のアルバム。収録曲は以下の通り。
1) ベルク(Alban Berg 1885- 1935) ピアノ・ソナタ
2) ヤナーチャク(Leos Janacek 1854-1928) 霧の中で
3) リスト(Franz Liszt 1811-1886) ピアノ・ソナタ
私は、ヴァーリョンというピアニストの演奏を、これまで室内楽でしか聴いたことがなかったけれど、このたび初めてソロ・アルバムを聴き、大いに感銘を受けた。まず、注目されるのは選曲であろう。ここではまず、ヴァーリョン自身の言葉を拝借したい。「音楽史におけるエポック(新時代)間の架け橋、作曲家間の繋がりを模索することは、いつだって実に興味深いことだ。他の時代や作曲家を“鏡”として、その中に、自分が演奏した作品の新しい側面を見ること。リストの作品を演奏するときは特にそうだ」。
つまり、ヴァーリョンはこのアルバムにおいて、まず私たちが後の作品であるベルクとヤナーチェクの音楽を聴き、その中に「リストのピアノ・ソナタの新しい側面を照らし出す鏡」を発見する喜びを見出して欲しい、と考えているのである。
さて、新ウィーン楽派の傑作であるベルクのピアノ・ソナタを聴いてみよう。不思議な怪奇性、ロマンティシズム、多様なパーツを含む単一楽章構成。これらはリストのピアノ・ソナタの形容として、そのまま当てはまるように思う。ベルクが、リストのピアノ・ソナタが持つ現代へ通じる理論性、音響効果を取り入れたというのは、確かにあるのかもしれない。であれば、リストのピアノ・ソナタ(この作品、実は私には難解なものなのだけれど)には、様々な音楽技法を一つの楽章に封じ込めた作曲家の意志が存在しそうだ。
ヤナーチェクの「霧の中で」とベルクのピアノ・ソナタの類似性は、ポール・グリフィス(Paul Griffiths)氏が指摘している。「ドビュッシーの影響、広がってゆく和声を無理に調和させようとはしない。常に動くように声部が奏でられる・・・」。私個人的にもヤナーチェクのこの作品には無類の魅力を感じる。これほど「霧」を感じさせる音楽はないのではないだろうか。辺縁が定かならず、微温に満ち、行く手が分らない。時折濃淡が顕われ、不気味な影が行き交う。そんな楽曲をグリフィスは冷静に分析し、ベルクの名作との類似性を明らかにしている。面白い。このアルバムではそれが一緒に聴けることになる。しかも、両作品を、時代を超越して「繋ぐ」リストのソナタとともに。
これらの楽曲の考察とは別に、ヴァーリョンのピアノが素晴らしい。シェイプアップされたピアニズムで、きわめてしなやかに音楽を奏でている。全てのフレージングが自然な呼吸に満ちていて、音節間の繋がりがきわめて流麗。しかもダイナミクスの効果も十分だ。リストのピアノ・ソナタだけとっても、古今の名演の一つに数えて然るべきだろう。
このアルバムを通して聴いた後に残る不思議な感触、怪奇的とも神秘的とも言える雰囲気を、ぜひ多くの人に味わっていただきたい。