カンウセラーに「今私が読むべき本は」と尋ねたところ、推薦されたのがこの本であった。そもそも、カウンセリングに通い始めるまで「batterer」という言葉さえ知らなかったので、DV界において、バターラー(虐待する夫)やバタードウーマン(虐待される妻)というカタカナ用語が普通に飛び交っていること自体奇異に感じた。私の夫はときどきキレて暴言を吐くことはあるが暴力を振るうことはないので、この本を推薦されたこと自体に屈辱のようなものを感じた。だから本を手元に置いたまましばらく放ったらかしにしていた。こんなタイトルの本を読まなければならない自分が惨めに感じられた。率直に言って、タイトルを変更したほうが、本当にこの本を必要としている人が読み易いと思う。
タイトルはともかく、「はじめに」を読んだだけで興味を惹かれ、第1章の「神話と現実」を読んだところで、いかに自分が「神話」に束縛されていたのかを思い知らされた。「例えば、一般のイメージでは小柄で華奢でやつれた身なりをした貧困層のマイノリティが虐待される妻の典型だが、実際にはほとんどが中流階級と高額所得者であり、身体も大柄でその気になれば自分を守れるような女性もかなりおり、たいていは有能なキャリアウーマンである」などというのは、まさしく本書を読むことに屈辱を感じていた私が束縛されていた神話の見本のようなものであった。本書は1979年に米国で出版された。数多くの事例を基に暴力サイクル説や学習性無力説の概念を唱え、女性虐待への意欲的で先駆的な研究である。バタードウーマンに共通する性格、虐待者に共通する性格、セリーマンの犬による学習性無力感の理論など大変参考になることが多く書かれていた。女たちが自分をおかれている状態を客観視することができ、現状を打破するきっかけになることは間違いないだろう。