最初のアリアが変奏されていくのだが、その「変奏」の中で繰り返しが指示される。
演奏者によって繰り返しは行われたり、削除されたりする。
たとえばマレイ・ペライアは、楽譜に忠実にすべてを演奏しているので、AA'BB'となっていく。
この1955年版グールドの演奏は、それに比べると、ほぼ半分。
この名演のスピード感やドライブ感は、そうしたところにも起因している。
緊張感と疾走感に引き込まれ、一気に聴いていくが、この'55年版グールドの演奏が素晴らしいのは、
それまでのすべてをまとめあげているかのような「25変奏」であり、それ以降の展開だろう。
ペライアは、敬虔なクリスチャンだったバッハに寄せて、曲の全体を分析する。
「第25変奏」で曲の温度が一変する。これは十字に架せられたイエスの苦悩、絶望、嘆き、死のイメージを表し、
25変奏以後は決定的なキリストの復活とその歓喜、天への駆け上がり、飛翔する魂を音楽化している、と彼は語る。
グールドは、そんなことなど考えて演奏していなかったろうが、
このグールド版を聴くと、そのペライアの解釈を思い出す。
「25変奏」はそれまでの転がる玉のような演奏から一転して、グールドも6分30秒近くかけて演奏する。
ペライヤは7分23秒。ちなみにグールドの1981年版は6分3秒で、1955年版よりも短い。
"55年版は、その対比が大きいということになる。
1955年版の「第25変奏」は、引き延ばされた沈黙、痛切な静寂が、鍵盤から流れ出す。
音が弱まっていくところ、消えていくさなかに重点があるような演奏。
この第25変奏があるから、冒頭からの曲芸的な超絶技巧がそれだけで終わらない。
最後のアリアが真の復活であり、地上への再来であることを感じさせてくれる。
ある意味、バッハが表現しようとしていたものに忠実な、もしくはそれ以上の演奏になっている。