1 「医学用語」について
すでに読まれた方はおわかりのように、この本には数多くの「医学用語」が登場する。翻訳の段階で、できる限り日本で一般的に使われている表現や日本語訳に置き換え、それでもわかりにくい部分に関しては簡単な註をつけたが、本書の中でヒュームズ氏が指摘するように、医療現場で使われている表現というのは改めて考えてみると、どうしてわざわざこんな表現をするのか……というものもあって、考えさせられた。一方で、医療関係者に限らず普通に使われて、意味も充分に通じる言葉でありながら、逆に医療現場では使われなくなったり、使わないようにしようとしている言葉もある。そのような用語の一例が本書ではあえて使っている「未熟児」という表現だ。世間一般では、「予定日よりも早く生まれた(日本では「在胎三十七週未満」)」だけでなく、単に「生まれたときの体重が小さかった」赤ちゃんの事をさして「未熟児」と使っていることが多いように感じる。また、その場合の「小さい」という事に関しても、具体的に「○○○○グラム」以下なんていう事でなく、これまた漠然とした感覚で三千グラム以下の体重で生まれた赤ちゃんまでを含めて「ウチの子は未熟児で生まれて……」などといわれているのではないか。かつて、WHOが「出生体重二千五百グラム以下の児」を「未熟児」と称していた時期があったために、この言葉は今日でも「在胎週数」だとか「出生体重」などといった厳密な定義なしに、慣用的に「小さい赤ちゃん」を指す単語として広く使われている。医学用語としてはすでに「未熟児」という言葉は正式には使わず、「低出生体重児」を用いることになっていて、「出生体重二千五百グラム未満で生まれた児」(WHOの定義では「二千五百グラム以下であったが)を意味している。同様にかつての「超未熟児」(出生体重千グラム未満で生まれた児)は「超低出生体重児」、「極小未熟児」(出生体重千五百グラム未満で生まれた児)は「極低出生体重児」と、ややもったいぶった表現をするのが正規表現である。
本書の訳出に際して、医学的正確性を期すのであれば、当然「低出生体重児」を用いるべきだろうと悩んだのであるが、随所に登場するこの言葉を堅苦しい専門用語に置き換えてしまうよりも、あえて世間一般に慣用的に使われている「未熟児」という言葉を用いる事によって、全体の「硬い」感じが少しでもやわらげられればと考えた次第である。
2 周産期・新生児医療システム
現在日本でも厚生労働省が推進する「すこやか親子21」という政策の中には、全国の都道府県に十年以内に、それぞれ最低一か所の総合周産期母子医療センターを配置することがうたわれている。そもそもは、おおむね人口百万人に一か所の割合で総合周産期センターを配置しようと平成八年度から始まった整備事業が、今年から「すこやか親子21」の中に数値目標として掲げられたのであるが、現時点で国から認定を受けている周産期医療ネットワークの整備はまだ十都府県にすぎない。計画では、「フル装備」の総合周産期センターを中心に、その周辺、おおむね人口二十万~三十万人に一か所の地域周産期母子医療センターを配置して、これらの施設の相互ネットワークで「地域化」を進めようというのが当初の計画であった。しかしこの計画では、国の指定を受ける総合センターは「各都道府県に当面一か所」と画一的で、例えば、人口千百万人の東京都にも人口八十万人の島根県にも国の指定を受けられるセンターは一か所しか作られないという事になってしまう。このため、東京都など規模の大きい自治体では、国の指定する総合周産期医療センター以外に、自治体が独自で複数の総合周産期センターを指定している。また、各自治体の地理的条件も問題になる。センターが一か所しか作られないのであれば、どこにその総合周産期センターを配置するのか。場合によっては、隣の県の周産期センターの方が近いといった地域も少なくない。また、「センターもネットワークも全く新しく一から作る」という場合は良いのかもしれないが、多くの自治体では、すでに周産期・新生児医療を長年おこなってきた医療機関が存在している事の方が多く、各地にバラバラに存在する既存施設をどのようにネットワーク化していくのかも問題となる。東京都を例にとれば、現在二十一施設が指定されている都の周産期センター(総合周産期センター六施設、地域周産期センター十五施設)のうち、十八施設は二十三区内に存在し、人口が伸びている多摩地区など都区部以外には三か所のセンターしかないため、これらの地域に住む患者さんは、居住地の近くに入院できるキャパシティーが不足しており、ひとたび何か起った場合には、住居地から離れた二十三区内のセンターへ搬送される可能性が高い。日本ではNICUにいったん入院してしまうと、退院までそこの病院でケアを受けることが普通で、入院期間が数か月にもおよぶことがある超低出生体重児の赤ちゃんなどでは、家族は長い間、遠い病院まで通い続けなくてはならなかったり、また、多胎児妊娠の早産の場合など、おかあさんだけが分娩した病院に残り、赤ちゃんは複数の病院に別々に入院になってしまった、などといった冗談ではすまされない事態も実際に生じている。[抜粋]
4 赤ちゃんの病気とその予後
医療保険のシステムが違っていても、平均在院日数が違っていても、赤ちゃんにおこなわれている医療の内容そのものには、日本とアメリカでそれ程の違いはないのではと思われるかもしれない。まあ、確かにその通りの部分もあるのだが、治療の成績を比べてみるとまだまだ彼我の違いも少なくないようだ。日本の新生児死亡率(「出生千人あたりの生後四週未満の新生児死亡数」を表す数値)は現在一・八(一九九九年)と世界一の成績で、一方、アメリカの新生児死亡率は四・九(一九九五年)である。この差が生じる原因は、医療保険制度や社会事情など一言では説明できないのだが、こと低出生体重児の出生に限れば、日本では「ティーンエージャーの妊娠・出産が少ない」、「麻薬など薬物常習者が少ない」、「(今の所)貧富の差が極端ではない」、「医療へのアクセスが保証されており、妊娠中もキチンと定期健診を受ける人が多い」などといった社会的事情の違いが大きく影響していると思う。医療保険制度のあり方に関しては、日米ともに盛んに議論がおこなわれているところであるが、かなり乱暴ないい方をすれば、病院の会計窓口で患者さんが直接払う医療費が非常に「高い」アメリカでは、結果的にそれが受診の抑制に働いており(本当に「受診抑制」になっているのかということには議論の余地があるのだか)、一方、病院窓口での患者負担が「低い」ために医療にたいする「コスト意識」が診療側・患者側ともに低く、軽症でも大病院が気安く利用できる日本とでは、「病院にかかる」という事にたいする世間一般の考え方に違いがあるのは当然だと思う。日本では、低出生体重児を含め病的新生児の医療費は「養育医療制度」によってカバーされており、たとえ赤ちゃんが六百グラムで生まれようとも、ご家族の負担がそれによって跳ね上がるという事はない。[抜粋]
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