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津軽三味線コンテストの最高峰といわれる「津軽三味線全国大会」で1995年、96年と2連覇をはたした上妻宏光のソロ第2作目。
伝承のされ方や、とりまく文化状況などがまったく違う日本音楽と西洋音楽。現在注目されている吉田兄弟、東儀秀樹、元ちとせ、さかのぼれば喜納昌吉、YMOなど、さまざまなアーティストがさまざまなアプローチで挑んできた2つの異文化の融合というテーマに果敢に挑んでいる若き上妻の姿がすがすがしい。全10曲のオリジナル楽曲は現時点での完成型といえるだろう。(高山武樹)
伝承のされ方や、とりまく文化状況などがまったく違う日本音楽と西洋音楽。現在注目されている吉田兄弟、東儀秀樹、元ちとせ、さかのぼれば喜納昌吉、YMOなど、さまざまなアーティストがさまざまなアプローチで挑んできた2つの異文化の融合というテーマに果敢に挑んでいる若き上妻の姿がすがすがしい。全10曲のオリジナル楽曲は現時点での完成型といえるだろう。(高山武樹)
内容(「CDジャーナル」データベースより)
津軽三味線のニューウェイヴ、上妻宏光の2作目。今回は全曲オリジナルで勝負して、メロディ・メーカーとしての才覚もアピール。トラッドなフレーズをクラブ・ビートに乗せたり、和太鼓を交えた即興も聴かせるなど、アグレッシヴに新境地を切り開いている
内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
初めて津軽三味線を聴く人にとっては、当然とも思える音が、民謡としての“津軽聴き”には衝撃。もっとも、これは他のジャンルでもいえること。伝統の頸木なんて、ほんの数人の改革者がいれば吹っ飛んでしまう。たった一人の天才でも、といいたいところだが、それでは例外で終わってしまう可能性もあるのだ。幸いなことに、上妻宏光にはベクトルこそ違うといえ志を同じくする仲間がいた。時代の要請とともに、津軽そのものの臨界点でもあったのだろう。もちろん六三四時代から聴いていれば、この盤も“独立した津軽三味線”への通過点と捉えることはできよう。とはいえ、撥のアタックや、細かいリフに表われる歌心はあくまで津軽。当然ルーツ・ミュージックとして聴くこともできる。こういった盤にありがちな居心地の悪さを感じさせないのはそのためだろう。前作同様タメの利いたソロは健在。なにより、卓越したテクニックを、ある種“渋さ”にまで変換させたのは見事。 (星川京児) --- 2002年08月号