読み終わって呆然として、それから鳥肌がたった。レベルが違いすぎる。真に面白い小説とはこのことではないか。オールタイムベスト3くらいに入れてもいい、イギリスの文豪、マキューアンのまぎれもない大傑作で、作家志望、読者家は必読。
重厚すぎる文章は読んでいるだけでお腹いっぱいになるのだが、しだいにその重厚さに慣れていくと、もうほかの小説が物足りなくなってくるという、半端ない威力。濃密に描かれた描写力と、類稀なるストーリーテリング。百ページ以上読んでしまったら、そこからいつページをとじていいものだか、わからなくなる。
小説についての小説、ということだろうか。「小説家」として、いったいどうやって贖罪を完成させていけばいいか、無想家であるブライオニーに、小説家として避けて通れない課題を与えて、ラストでの答え。メタフィクションで凝った構成、小説家ブライオニーのひとつ上のメタには小説家イアン・マキューアンがいる。ブライオニーのやった贖罪は、だから、一種のアイロニーととれば、そこにあるのは堪えがたい悲しみ、そして孤独だろう。
かつて、高橋源一郎が小説を批評するには、まず批評する小説、それから評論、そして、批評する小説に対しての答えの小説が必要である、と言った。マキューアンもそれに近いことをやっている。「小説」という問題に対して、「小説」できちんと真っ向からぶつけたマキューアンに、最大の賛辞を送りたい。
最後に、余談だが、アムステルダムでブッカー賞取れて、これで取れないってどういうことだろう? 本人はアムステルダムはしゃれで書いたと言っていたし、しゃれで取っちゃうマキューアンもすごいが、うーん。あと、贖罪、装丁も100点満点。