山中千尋の『アビス』を聴いて、奏でる音楽のジャンル分けというものは意味がない、ということに改めて気付きました。電子ピアノやキーボードを演奏している彼女からは、どこかプログレの香りも漂い、華麗な指さばきはクラシックの名奏者のようでもありました。
若くしてジャズ・ピアニストとしての不動の評価を持つ山中千尋の本作は、ジャズでありながら、もっと普遍的な音楽の地平に立って心の趣くままに奏でたという感じを受けました。幅広い音楽ジャンルにまたがるような表現力とこれからなお違う次元を目指すという可能性の大きさを感じ取りました。
1曲目の「ラッキー・サザン」での疾走感はたまりません。もともとクラシック・ピアノを勉強していましたから、指のまわりと音の粒立ちは抜群です。それだけでも素晴らしいのに、ほとばしるような熱気がフレーズの至る所から噴出しています。「火の出るような演奏」という形容がありますが、これもまさしくそうで、リスナーの度肝を抜くような激しさもまた彼女の魅力です。
3曲目の「シング、シング、シング〜ギヴ・ミー・ア・ブレイク」のメドレーはオシャレでした。いきなりシカゴの「Saturday in the park」のフレーズが飛び出し、ジーンクルーパーの熱演を思い出す「SING SING SING」へと移行します。軽快で洒脱で、それでいて上手くまとめていました。
5曲目の「フォー・ヘヴンズ・セイク」からは円熟味すら感じました。音と音との間に存在する余韻と情感を、音の引き算とも言えるピアノで表現しています。ビセンテ・アーチャー(b)もケンドリック・スコット(ds)もそのあたりの呼吸の捉え方は抜群で、ゴージャスなバラード・プレイを繰り広げています。
2007年度のスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞日本ジャズ賞受賞という評価は伊達ではありません。