まず、今作(DDSAT2)は完全な前作(DDSAT)の続きです。
前作で解らないままだった数多くの謎が今作で明らかになって行きます。
そして制作者側が本当に伝えたいメッセージが込められているのが今作になります。
前作をプレイしていないとストーリーの素晴らしさを真に感じ取ることは出来ないので、100%楽しみたい方は前作クリアが必須です。
ストーリーはインド哲学、ヒンドゥー教、仏教思想をベースに築かれています。そして登場する名称のほとんどがインドの哲学や神話に由来しています。
例えば前作の舞台ジャンクヤードの街区の名称は人体にある7箇所のチャクラの名称に由来しています。
興味がある方はインド神話等を少し調べられてみて下さい。
今作への理解度も飛躍的に向上します。
(何故、ロアルドは酒浸りの設定だったのか?メーガナーダとの因縁とは?等々…)
DDSAT&DDSAT2は女神転生シリーズで面白さの核となっていた悪魔合体の不採用とストーリーの難解さの為、一般的な評価や売上は芳しくありません。
正直、このストーリーを直接売上に繋げるには無理があると思います。哲学過ぎて子供や予備知識の無い方には表面的な話の流れしか解らないでしょう。
であるにも拘わらず、一から十まで懇切丁寧に説明するような表現はあえて避けています。
開発陣もそれらが売り上げに影響を及ぼすリスクを承知した上で、真・女神転生3の開発ツールを用いて極力開発コストを抑えながら制作された感があります。
きっとDDSATとはそれだけ開発側が制作したかった作品だったのでしょうし、その制作にゴーサインを出した上層部の英断にも頭が下がる思いです。
それにしてもストーリーは難解。
これほど好き嫌いがはっきり別れるゲームも珍しいと思います。
ですがインド哲学や仏教思想に興味がある人には人生観に影響を及ぼすと言っても過言ではないでしょう。
なにせ行者が一生かけて会得を目指すような『梵我一如(ぼんがいちにょ)』の真理、輪廻(サンサーラ)から解脱し涅槃(ニルヴァーナ)の境地に入るのを、この作品で表現しようとしているのだから。
この事を理解していないとエンディングの表現を理解する事も難しいかと思われます。
DDSAT&DDSAT2をクリアしたが、よく解らない…。
ただ『何か』、上手く言えないけど『大切な何か』がこの作品にはある気がすると感じた方はゲイルの言葉に意識されてみて下さい。(ボイス有り無し関係なく)
私の心に響いたのはこの台詞
「命とは つながり巡るものだ。
生きる者は皆 己を支えてくれた他の命に報いる義務がある。
避けられない戦いもあるだろう。倒さねばならない敵もいるだろう。
そして いつかはお前が敗れる時が来る。
だが 誰も恨むな。お前自身を含め 誰ひとりもだ。
その時 きっと何かが変わる。それを見定めるんだ。」
どうですか?この台詞にグッと来た方、是非プレイされてみて下さい!
それと、ラストダンジョンへと向かう一連のイベントはRPG史上屈指の感動です。
ストーリー全体を通して覆っていた哀しみと苦しみは喜びと幸福へと昇華し、愛と勇気に包まれて涙が溢れました。
ラスダン攻略への意気込みはいやがうえに高まります。
そのダンジョン内の雰囲気は美しく、ラスボス戦の曲も最高です!
そしてクリア後には、もう一度オープニングのフレッドと少年の『葉っぱ』の話を聴いてみて下さい。
初見時には気付く事の出来なかった話の深さ(愛の深さ)に改めて気付かされ、こちらも泣けてしまいます。
随分と長文になりましたが大きな『救い』のある本当に良いストーリーなので、DDSATの評価が少しでも上がる手伝いが出来れば幸いです。
真我(アートマン)、梵(ブラフマン)、業(カルマ)、輪廻(サンサーラ)、涅槃(ニルヴァーナ)等の理解の手助けにヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』を読まれるのもお勧めします。こちらにも大きな『救い』があります。