安保闘争は戦後最大の社会運動だが、今日から見るとその内実はわかりにくい。1960年に改定された安保条約が、旧安保条約に比べれば、日米関係を対等に近づけたのは明らかだ。旧安保条約は日本側が一方的に破棄できない条約であり、仮に安保条約を破棄するにしても、まず条約改定を受け入れなければ目標に近づけない状況だった。それなのになぜ「安保反対」だったのか。こうした疑問から安保闘争には興味をもってきた。
「1960年の安保闘争を、『抵抗のアート』を通じて振り返る」という宣伝文句に引かれてこの作品を見てみたが、映画の内容は広く薄く、戦後日本の「反戦、反安保」の立場に立つ芸術(家)、そして社会運動一般を対象としている。映画に登場する作品や事件も、丸木夫妻の「原爆の図」から、砂川事件、基地の町ヨコスカを扱った写真、普天間基地の辺野古移設反対運動、そして加藤登紀子の歌まで入っている。だから、安保闘争に対する興味から見た私としては、肩透かしをくらった感じだった。
かといって、戦後日本の反戦芸術が体系的・網羅的に扱われているわけではなく、それぞれの作品について十分な解説はなく、時代的にもあちこちへ飛んでいる。だから、全体としてコマ切れの印象は否めないし、反安保社会運動の歴史について多少の知識がないと、内容はさっぱり理解できないだろう。
確かに部分的には興味深い映像もあるし(米軍の戦略爆撃調査団の将校たちが、日本側があてがったと思しき日本女性の接待を受けている映像など)、優れた芸術が紹介されている部分もある(個人的には、石内都の、広島の被爆者の着ていた衣服を額に入れた作品が心に残った)。しかし、構成が悪いため、映画全体のメッセージはどうしても力強さに欠ける。
インタビューに答えるアーティストたちの発言も、「とにかく岸は悪い奴だと思っていた」とか、「戦争は悪なのになぜ次の戦争に使う軍備をため込むのかわからない」といった直感的なものが多く、こうした感情を、どうやって日本や世界の平和につなげていくのか、という議論は一切登場しない。安保支持の立場から見ると、この映画は、「安保反対論の少なからぬ部分は、素朴な感情や思い込みに支えられ、理性的議論を欠いている」、という以前からの偏見(?)を強めるものだった。ホーグランド監督が安保反対に共感しているのは明らかだが、この映画では、安保闘争について知らない多くの人に興味を持ち、共感してもらうことはできないだろうし、まして責任ある立場にいる人々に訴えかけることは不可能である。また、監督の意図と経歴からして、英語字幕がないのは残念だ。
冒頭の私の疑問への答えとしては、映画本編よりも、特典映像の中での小熊英二氏の発言の方が参考になった。