表題曲はものすごく草食臭というか、デフォルメされた渋谷ポップカルチャーというか、そういう曲だった。「次のACIDMAN」を産み出そうという試みをとても感じられて好きだ。
加えてセルフカバー曲がとても気に入った。私が勝手に付けているセカンドラインランキングでは、1位シンプルストーリーと2位turn aroundが不動の2トップだったのが、彩が新しい2位に入るかな(笑)。
さて、ちょっとCDのレビューからは離れるけど、私が思うACIDMAN像みたいなものを臆面もなく語ってみたい。
世間的に受けている評価や、「それまでの自分」すら破壊しようと試みるのがACIDMANというグループだと、私は思っている。
この曲を聴いた後にデビュー初期の曲、酸化空や培養スマッシュパーティー、造花が笑うなんか聴いたら本当に同じグループなのか疑う人が多く出てくるだろう。しかし、それがACIDMANであり、本当に一つ所に腰を落ち着けない人達なんだと思えば、むしろこの「違い」は当然と思えるのではないだろうか。
常に新境地を探し続けるのがACIDMAN。と、思っているのだが皆さんはどうか。
私はこのウケ狙いに走らず、自分達の在り方を自分達で探る姿勢が本当に好きで、いつも聴いている。
「こんなのACIDMANじゃない!!」と思う人もいるだろう。かなり多いのではないかと思う。
しかし、それを決めるのは、何がACIDMANなのかを決めるのは、我々ファンなのか?それともACIDMAN自身なのか?
売るための(ウケがいいだけの)曲を作りだしたらこのバンドは死んだと思っていいのでは?
ああ、蛇足ながらウケの善し悪しはともかく3トラック目は(アルバムを)売るための曲だと思う。
でもこれはEMIのマーケティング戦略で無理矢理付け加えられたものと信じたい。