内容紹介
スピルバーグが贈る愛と感動のSF超大作 構想から20年。
キューブリックの遺志はスピルバーグへと引き継がれた。
デイビットは11歳 体重27キロ 身長137センチ 髪の色、ブラウン その愛は真実なのに その存在は、偽り ”愛”をインプットされて生まれてきたA.I.(人工知能)の少年の、数千年にわたる壮大な旅を描いた物語。 近未来-ついに”愛”をインプットされた少年型ロボット、デイビットが誕生する。 彼を試験的に養子に迎えたスウィントン夫妻は、愛情深いデイビットをいつしか本当の子供のように思い始める。しかし、不治の病に冒されていた実子が奇跡的に回復したことで、デイビットは居場所を失ってしまう。母モニカに愛されたいデイビットは、人間になる方法を求めて旅に出る…。
【映像特典】
メイキング(約12分)
A.I.を演じる デイビッド/ジゴロ・ジョー(約15分)
A.I.をデザインする 原画からセットへ/衣装デザイン(約12分)
光と撮影(約4分)
特殊効果(約8分)
ロボットたち(約14分)
ILM:視覚効果とCG 視覚効果の全貌/ロボットたち/ミニチュア撮影/ニューヨーク・シティ/CGキャラクターたち(約23分)
サウンド効果と音楽(約13分)
エンディング:スティーブン・スピルバーグ、人工知能に対する責任(約2分)
オリジナル劇場予告編2種
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時は未来。不治の病に侵された息子をもつ夫妻は、人工知能をもつ少年型ロボットのデヴィッド(ハーレイ・ジョエル・オズメント)を家に迎えるが、やがて息子が奇跡的に蘇生したことから、デヴィッドは家を出されてしまう…。
故スタンリー・キューブリック監督の企画をスティーブン・スピルバーグ監督が受け継いで完成させたSFヒューマン超大作。『鉄腕アトム』に『ピノキオ』、ついには『未知との遭遇』など、いつかどこかで見聞きしたことのあるドラマ展開だが、その中にスピルバーグは「母への愛」という、彼の定番ともいえるテーマ性を盛り込んだ。
また、中盤のロボット・ジャンク・ショーに見られる残酷味などから、人にあらざるものに対する憐れみの情を描きだしたともいえる。ナンパ・ロボットに扮したジュード・ロウが好演。(的田也寸志)
故スタンリー・キューブリック監督の企画をスティーブン・スピルバーグ監督が受け継いで完成させたSFヒューマン超大作。『鉄腕アトム』に『ピノキオ』、ついには『未知との遭遇』など、いつかどこかで見聞きしたことのあるドラマ展開だが、その中にスピルバーグは「母への愛」という、彼の定番ともいえるテーマ性を盛り込んだ。
また、中盤のロボット・ジャンク・ショーに見られる残酷味などから、人にあらざるものに対する憐れみの情を描きだしたともいえる。ナンパ・ロボットに扮したジュード・ロウが好演。(的田也寸志)
内容(「キネマ旬報社」データベースより)
スピルバーグが故キューブリックの原案を、最新技術を駆使し映像化し話題となったSFドラマ。子供の身代わりとなったロボットに“心”を持たせる試みが行われたが、彼は次第に自らのアイデンティティに疑問や不安を抱き始める。豪華特典ディスク付き。
内容(「Oricon」データベースより)
スティーブン・スピルバーグ監督が贈る、たったひとつの願いをかなえるため、数千年の時を超える少年の姿を描いた傑作SFファンタジー。主演はハーレイ・ジョエル・オスメント。
内容 (「CDジャーナル・レビュー」より)
スタンリー・キューブリックが映画化を願い、スピルバーグへ持ちかけたこの物語は、キューブリックの死によって必然的にスピルバーグへと引き継がれることになったのだが、DVDに同時収録されたメイキングのインタビューに拠れば、すでに脚本の骨格はキューブリックによって作られていたのだという。スピルバーグはそれを自分の脚本に書き換えるのではなく、あくまでもキューブリックの視点に自らを置いたうえで、そこに変更を加えていった。人間である母親とロボットである息子との愛が物語の中核をなすこの完成作を観ると、それがいかにもスピルバーグのための映画であるようにしか見えないのだが、もちろんスピルバーグのこれまでの作品の中で、そのような母子関係が語られたことはなかった。しかしその母子関係がどこかぎくしゃくしてよりどころのない感じを受けるのは、そういったねじれた母子関係によるところよりも、ロボットである息子デヴィッドが母親探しの旅の途中で海底に閉じこめられ、2000年を経過してロボットたちの末裔である(つまり人間ではない)未来人たちに発見された後、今はすでに存在しない人間たちの記憶を持つ唯一のロボットとして未来人たちに祝福される、という設定によるところが大きい。つまり息子デヴィッドは、永い眠りの後、“父”として迎えられるのである。そしてデヴィッドは“父”としての特権と未来の技術力により、1日だけ母を蘇らせることができるのだが、その母子関係は、デヴィッドを父とする未来人たちにとっては当然のように父と母の関係に見えたはずだ。母と子は、同時に母と父でもあるのだ。この映画には、そんな未来人たちの危うい視線が含まれている。この映画のところどころに、SFファンタジーには似つかわしくない、サスペンス映画タッチの画面作りがなされて驚かされるのだが、それは、この危うい母子関係の落とす影によって作られたものだろう。 (樋口泰人) --- 2002年05月号