例えば、エミネムが“スタン”でやった試みというのは言葉の情報量の多いラップの特性を踏み台にすることで1曲の表現の奥行きを格段に広げることであり、彼はそれをエミネム・ファンとエミネムの手紙のやり取りという極めてコンセプチュアルな形で実現してみせた。ラップによるストーリー・テリングという手法を考え出したのはもちろんエミネムではない。だが、徹底的に構築された楽曲編成にエミネム特有の直接的すぎるリリックがのせられ、衝撃的な結末と共に着地するラップ・ストーリー“スタン”が生まれた時の衝撃というものは、やはり別格だった。ヒップ・ホップがあれほどまでの余韻を残すことが可能な音楽であるということを僕は“スタン”で初めて知ったし、それをポップなフィールドでやってみせたエミネムの上をいくリリシストはいないと今でも信じている。『ザ・マーシャル・マザーズLP』発表当時のエミネムはUSヒップ・ホップの最高到達点であったと同時に、ヒップ・ホップ界の新たな可能性でもあった。
エミネムが提示した可能性の扉をヒップ・ホップの根がまだまだ弱い英国で開いたのがザ・ストリーツことマイク・スキナーである。このアルバムに描かれた、失った1000ポンドを取り戻すまでのストーリー――アルコール、ドラッグ、友達、恋人、依存、信頼、裏切り、そして、ひとつの終わりとひとつの始まり――。リズムやビートよりも完全にリリックを優先したサウンド理論で語られるそれらのストーリーが後半へ進むにつれて少しずつ集約されていき、ラストにはアルバム・タイトルにも忠実なひとつのコンセプトを完成させる。映画を観終わった時のような大きな感動に聴き手の心が打たれるのは、もうここまでくれば必至と言っても過言ではないだろう。UKグライムのアジテーションとしての役割という意味でも非常に重要な1枚。