出版社 / 著者からの内容紹介
護憲論も改憲論も聞き飽きた!
新しい話をしようじゃないか!!
人気沸騰の哲学者・内田樹が選んだ切れ味鋭い書き手たちによる、かつてない憲法9条論。
新しい話をしようじゃないか!!
人気沸騰の哲学者・内田樹が選んだ切れ味鋭い書き手たちによる、かつてない憲法9条論。
内容(「BOOK」データベースより)
だれも(大きな声では)言えなかった憲法と日本の話。
内容(「MARC」データベースより)
人気哲学者と3人の知の刺客たちが、これまでの憲法論戦にもの申す! 戦後繰り返し唱えられてきた護憲論・改憲論戦の常識を根本からひっくり返す、まったく新しい視座から描く9条論集。
著者からのコメント
気合いを入れて書いた本だったが、ぜんぜん書評に取り上げられなかった。
どうしてかしらと思案したが、やはり書評家たちが「リスク」を避けたというのが
実情ではないかと思う。なにしろこれだけ態度の悪い書き手が四人集まってしまった
わけである。好意的に書評すれば「あの類か……」という致命的な決めつけに業界内
部的に立場を失い、否定的に書評すれば、居丈高に説教垂れる、せせら笑う、向こう
ずねをかっぱらう、パイを投げつけるなど掟破りの反批判を覚悟せねばならない。仮
に私が書評を頼まれてもおそらく遠慮するであろう。こうなれば「その本が存在した
ことさえもできればはやく忘れたい本」として記憶されることを願うばかりである。
どうしてかしらと思案したが、やはり書評家たちが「リスク」を避けたというのが
実情ではないかと思う。なにしろこれだけ態度の悪い書き手が四人集まってしまった
わけである。好意的に書評すれば「あの類か……」という致命的な決めつけに業界内
部的に立場を失い、否定的に書評すれば、居丈高に説教垂れる、せせら笑う、向こう
ずねをかっぱらう、パイを投げつけるなど掟破りの反批判を覚悟せねばならない。仮
に私が書評を頼まれてもおそらく遠慮するであろう。こうなれば「その本が存在した
ことさえもできればはやく忘れたい本」として記憶されることを願うばかりである。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
内田 樹
1950年東京生まれ。東京大学文学部卒。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。同大学助手を経て、神戸女学院大学文学部教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論
小田嶋 隆
1956年東京赤羽生まれ。早稲田大学教育学部卒。企業の営業職、小学校事務員見習い、ラジオ局AD、アマチュアロックバンド座付き作詞家などを経てテクニカルライター、コラムニスト
平川 克美
1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部卒。77年(株)アーバン・トランスレーションを設立、同社社長を経て、99年米サンノゼにBusiness Cafe,Incを設立。現在、同社CEO、(株)ビジネスカフェジャパン社長、(株)リナックスカフェ社長
町山 智浩
1962年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。宝島社にて『おたくの本』『裸の自衛隊』『映画秘宝』などを企画編集。洋泉社にて『映画秘宝』創刊。97年に渡米、現在オークランド在住。映画評論家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
1950年東京生まれ。東京大学文学部卒。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。同大学助手を経て、神戸女学院大学文学部教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論
小田嶋 隆
1956年東京赤羽生まれ。早稲田大学教育学部卒。企業の営業職、小学校事務員見習い、ラジオ局AD、アマチュアロックバンド座付き作詞家などを経てテクニカルライター、コラムニスト
平川 克美
1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部卒。77年(株)アーバン・トランスレーションを設立、同社社長を経て、99年米サンノゼにBusiness Cafe,Incを設立。現在、同社CEO、(株)ビジネスカフェジャパン社長、(株)リナックスカフェ社長
町山 智浩
1962年東京生まれ。早稲田大学法学部卒。宝島社にて『おたくの本』『裸の自衛隊』『映画秘宝』などを企画編集。洋泉社にて『映画秘宝』創刊。97年に渡米、現在オークランド在住。映画評論家(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
抜粋
(まえがきにかえて 「『虎の尾アフォーダンス』と『脱臼性の言葉』」より)
私たちが本書でめざしたのは、既成の護憲派とも改憲派とも違う「第三の立場」を
探り当て、そこからの眺望を語るということであり、いささか大風呂敷を広げて言え
ば、「護憲・改憲の双方を含めて日本国民を代表する憲法論の可能性を探る」という
ことである。…………私たちが知る限り、「対立者を含めて国民全体を代表する」と
いう野心をうかつに抱く者は、しばしば「国民全員を敵に回す」という最悪の末路を
たどることになる。
私とて無駄に半世紀生きてきたわけではないから、世の中がそういう仕組みであ
ることは熟知している。熟知してはいるが、憲法問題(それは同時に自衛隊問題であ
り、日中・日韓問題であり、日米問題である)についての「ゆるやかな国民的合意」
を形成するためには、(どれほど石もて打たれようと)、どこかで戦後六十年間続い
た「護憲・改憲」の二元論的スキームから逃れ出なければならないという判断は譲れ
ない。
私たちが本書でめざしたのは、護憲・改憲の二種類の「原理主義」のいずれにも
回収されないような憲法論を書くことである。
だが、どういう書き手であればそのような憲法論を書いてくれるだろう。………
私たちが本書でめざしたのは、既成の護憲派とも改憲派とも違う「第三の立場」を
探り当て、そこからの眺望を語るということであり、いささか大風呂敷を広げて言え
ば、「護憲・改憲の双方を含めて日本国民を代表する憲法論の可能性を探る」という
ことである。…………私たちが知る限り、「対立者を含めて国民全体を代表する」と
いう野心をうかつに抱く者は、しばしば「国民全員を敵に回す」という最悪の末路を
たどることになる。
私とて無駄に半世紀生きてきたわけではないから、世の中がそういう仕組みであ
ることは熟知している。熟知してはいるが、憲法問題(それは同時に自衛隊問題であ
り、日中・日韓問題であり、日米問題である)についての「ゆるやかな国民的合意」
を形成するためには、(どれほど石もて打たれようと)、どこかで戦後六十年間続い
た「護憲・改憲」の二元論的スキームから逃れ出なければならないという判断は譲れ
ない。
私たちが本書でめざしたのは、護憲・改憲の二種類の「原理主義」のいずれにも
回収されないような憲法論を書くことである。
だが、どういう書き手であればそのような憲法論を書いてくれるだろう。………