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後半になると著者の政治論・歴史論が増えてくるのですが、その辺りは正直なところ、刺激になりませんでした。著者の主張よりも、もっと、アメリカの学生たちに対する観察、解釈に軸を置いたアメリカ論が読みたいというのが僕の個人的な感想です。そうしてこそ、著者のオリジナリティが出てくるのではないでしょうか。
でもまあ、一読の価値はある良い本だと思います。
アメリカ政府に対する対応、そして反応の変化など実体験にもとづいた言葉は、アメリカも決して団結していたわけではなく、その中に当然葛藤や反発があったことを意識させる。高校生の体験が元にはなっているが政治的打算のない一人の人の言葉として読む価値があると思う。
だが欲を言うならば、彼女の中の目指すべき世界をもう少し語ってもらいたかった。現行の情勢に対する懐疑的視線は納得できる点が多くあったが、よい本だと感じたからこそその先を期待したい。
しかし、「911」のようにテレビの同時生中継で「身体がえぐられていくような感覚」とともに「忘却できなくなった<事実>」がいくつか存在し、悩まされている。おそらく、忘却できないのは、その<事実>が「わたしにとって何なのか?」という問いに及んでいるからのように思える。『解』を求めて、「キャスター」「記者」「ジャーナリスト」「専門家」「政治家」「市民運動家」「宗教者」などなど、多くの言葉を貪り求めた。しかし、わたしに届く<言葉>は現れなかった。
旅先で偶然求めたこの著書に釘付けになった。政府高官が名づけた、この著作のタイトルに掲げられた世代の命名に、レマルクやフィッツジェラルドを持ち出して、静かな抵抗とその不条理に異議申し立てをしていることにも肯首した。ようやく出会った<言葉>がそこにはあった。
著者とは30歳以上も離れた世代だが、この類稀な才能が紡いだ同時代の記録と問題提起に唸ってしまった。同時に、この表現をおそらく育んだであろう、アメリカという場のダイナミズムにも。
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