戦後、沖縄返還から、日本本土唯一の地上戦の地として沖縄を指摘し。
沖縄の悲劇について、平和主義者が論じてきたが。
しかしこの北方四島での戦いについてほとんど論ぜられる事が無かったのは、嘆かわしい限りだ。
むしろこの最果ての日本領での戦いについて、多くの反戦平和主義者たちが口を噤んできた背景は、彼らの背後に社会主義運動があった事実を指摘せざろう得ない。
ポツダム宣言を受諾した八月十五日が終戦記念日とされているが。
この北方四島では上陸してきたソ連軍を敵として、日本軍が死闘を展開していた。
衆寡敵せずの言葉の通り、戦力差は歴然としている中で、日本軍が最後まで戦ったのは、これ以上のソ連の侵攻を食い止めるためであり
また、千島列島の住人達が本土に避難するまでの時間を稼ぐためだった。
文字通り玉砕覚悟での戦いだった。
この戦いで、ソ連は北海道侵攻を断念し。
避難民たちが逃げる時間を稼げた。
収まり切らないスターリンは、あろう事か、避難船への攻撃を命令し。
潜水艦による攻撃で、少なくない数の避難民が命を落とした。
だが、この戦いを今でもロシアは、解放だと位置づけている。
これが現実なのだと理解して欲しい。
戦争の悲惨さを問う人たちには、確かに戦争は悲惨であるが、感情的な反戦論で戦争を論じてもらいたくは無い。
この千島列島での戦いでは、ロクな装備も保有しない日本軍は、侵攻するソ連軍と戦った。
この時、満州や千島列島になだれ込んだソ連軍は、対独戦で勝利した猛者たちではあったが、貧しい寒村の出身者が多く。
お世辞にも素行のよろしい兵士たちではなかった。
ベルリンでは略奪の限りを尽くし、4歳から80歳までの女性の全てがソ連兵のレイプの犠牲になったとされる
そんな軍隊が、日本本土に上陸した時に起こるべきことをもっと考えて欲しい。
国を守るのは結局、センチメンタルな感情論ではない事実を理解して欲しいと思う