かつて「撰ばれてあることの恍惚と不安と二つ我にあり」と言い遺して中学を卒業した同級生がいた。彼はその後東大(理一)に現役で進学した。
昔の常識では、東大法学部と言えば文系では日本の最高の頭脳が集合する場所であり、自他共に認めるエリート、将来日本の官・学・産業界をしょって立つ集団である。良くも悪くも本人たちもそう思っているはずで、あえて小難しい事を言ったり諧謔に満ちた文章を書く「恐るべき子どもたち」であったような気が…する。
しかしながら本書はあまりにもナイーヴ、悩みのかけらもないような。21世紀の東大法学部生が「朝日ジャーナル」や当時の文献を読み込み、60年代の「熱い」若者を振り返るというものだが、「へ〜そうなんだ〜変なの〜」というお姉ちゃんのつぶやきに近い(失礼)。あまりにも素直なので、もしかしてこれは戦略なのか?と不安になるくらいだ。「赤頭巾ちゃん気をつけて(69年)」は元々小難しい純文学を書いていた「エリート」である著者が(軽やかなペンネームに変えて)「あえて」大衆側に降りて来たのがありありだった。しかし60年代を考察する本書は最初から地上レベルで書いているように見えるのだが。。。今の東大生ってこんなに素直なんですかね?
巻末の参考文献はさすがにたくさん読んでいるだけあって役に立ちそう。もしかしたら大量に情報を読み込んで「整理・編集」する能力こそが21世紀の秀才なのかもしれない。敢えて小難しい自論はいらないってことね。