「21世紀は知識社会化する」と言われて久しい。たしかに「知識」が多いに越したことはないのだが、多ければいいというわけでもない。40歳過ぎたら、あたらしい知識を詰め込むよりも、想起してアウトプットせよ、というのが本書の趣旨である。
知識をインプットすることが必要だが、それだけでは不十分なのだ。仕入れた知識をアウトプットしなければ、アタマのなかの「引き出し」に知識や情報が定着することはないからである。「引き出し」の中身を取り出して整理しなければ使える知識ではない。
そのために最も効果的なのが、人に話したり、文章に書いたりすることだ。実際に話したり書いたりすることで、アタマのなかが整理されるだけでなく、知識のネットワークが再編成されるのである。インプットとアウトプットの往復運動があってこそ、量質ともに中身の濃い「引き出し」ができあがることになるのである。
これまでずっと「勉強法」の本を書いてきた和田秀樹氏が宗旨替えしたのかと思って手にとったが、本人もまた自分が年をとるにつれて、知識を詰め込むことの無意味さを悟ったのだろうか。じっさい、著者は「思い出せないのは、忘れたこととイコールではない」という前提に立って話をしているが、これはわたしも賛成である。年をとると記憶力が落ちたり忘れやすくなるのではなく、思い出せなくなるに過ぎないのである。だからこそ、積極的に思い出すという想起を心がけていれば、記憶は再活性化するのである。
アウトプットするためのインプットを心がけると、知識が増えるだけでなくアタマのなかもスッキリ整理ができる。40歳を過ぎた人はもちろんのこと、40歳以前の人もまた、本書に書かれた内容は実践する意味がある。