読み始めたとき、(ご本人や関係者の方々には悪いのだが)奥山氏は
本当にガンなのだろうか?と疑ってしまった。命にタイムリミットがつ
いてしまった事実を受け止めていないというか、焦りがないというか。
しかし、読み進めていくうちに、本当はそうではないことに気づき、
私の人間性の浅はかさに怒りを覚えた。
病巣が広がり、苦痛と痺れと点滴ノイローゼととんでもない同質患者
たちに苦しめられながらも、彼は己の意思と美学を貫こうとしていたの
だ。食欲があるときはおいしいラーメン店やそば屋に足を運んで『食べ
ること』を楽しんでいたし、バイクに乗ってあちこちをツーリングした
りしていた。そして、両親から進められた『ホスピスへの入院』も拒絶
し、自室で自叙伝とも言うべき小説を執筆した。
つまり、彼は彼なりの『人生哲学』を以って『死』と向き合ったとい
うことだ。本書の中で若い頃の彼が知り合いに、
「おいしい話はないか?」
と尋ねたところ、知り合いが、
「『美の追究』をしないのか」
と尋ね返してきたというエピソードがある。彼はモノを作る立場になっ
て気がついたそうだが、ガンを宣告されてガンと向き合っていくうちに
『死に対する哲学と美学』が出来上がっていったのだろう。その過程が
淡々と描かれているのだ。その証拠に、彼と以前同室だった患者の葬式
に参加しなかった――位牌を持っているのが自分の親であることが、葬
式の写真が自分の笑顔であることが、否が応でも想像できたから。死ぬ
ことが怖かったから。奥山氏は心底苦しんでいたのだ!
結局、奥山氏は去年、鬼籍に入られた。
せめて、本書に登場するカール・ハイド氏の言葉通り、彼の落ちてい
った先が光であったことを祈らずにいられない。