9.11の時はアメリカ、ワシントンDCで研究生活を送っていた。
いつもの焼肉レストランに行く途中に見えるペンタゴンに飛行機が突入したというので驚いたが、よく台風や水害のニュースに感じるように、被害が自分の周囲で起きたことが嘘であるかのように、実は市民の生活から遠い所で事件は起きたと思う。
東日本大震災は、エネルギーにして実に阪神・淡路大震災(大地震に分類される)の1000倍(地球の地軸をねじ曲げた世界史に残る超巨大地震だ)の規模で津波は内陸部5kmまでおよび、河川のある所では10kmまで津波が押し寄せてきた。
震災を受けたのは塩釜の病院で外来をしていた時だった。病院の外壁は崩れ落ち、その日は泊まりこみで患者200人のを壊れていない病棟に移すという作業に追われたが、ニュースを得る手がかりがラジオだけに限られていたために、何が起きたのか全くわからなかった。次の日、病院に来るまでの道が津波に襲われ、車が流されたことを知った。
数週間後、石巻日赤に医療チームの一人として出かけていったが、月曜日で、石巻にある主な医療組織が壊滅したということで、地平線の彼方まで続く患者さんの列を見て驚き、心の一部に自分でも説明できない「大きな傷」(痛みというより、生きることへの諦めのようなもの)ができたのを感じた。
韓国の新聞のサイトに行くと、日本沈没、難民の群れ、ゴーストタウン化した日本、という見出しが踊り、音楽をつけて日本の街が壊滅していくさまを面白おかしく紹介するビデオまでサイトにリンクされており、国中を上げて大喜びなのが手に取るように分かった。
心の傷は同時に、ああ、一つの時代と、世界への希望的価値観(例えば世界は友好的に融合していくんだという希望)が終わったのだな、そんな思いを伝えていた。
生存をかけた戦いの時代、日本人が力をあわせて必死になり、全身全霊をかて何とか生き延びようとする時代への突入、そんな感じかもしれない。
この本の中で、小松左京氏の文章、3.11は関東大震災の9.1、終戦の8.15に続いて、日本人の文明に大革命をもたらした日にちとして多くの人達に記憶されるだろうという文章を書いているが、さすが日本を代表する知性、先見性のある落ち着いた素晴らしい文章だと思った。
地震の被災者である瀬名氏の文章もやや纏まりに欠ける日記のような文章であるが、被災後に感じた思いを共有できる文章に仕上がっていた。。
しかし、それ以外の、駄文といっていいほどの中身のない文章の羅列に、震災地とそれ以外の地域の埋め用のないギャップを深く深く感じとった。
人は人の痛みを感じないようにできている。
人はかろうじて想像力で人の痛みを想像しながら、人に心遣いを示すのだとは思う。
でも、SFを書く者たちの想像力がこの程度で閉じているのであるならば、それ以外の政治家やメディア関係者に何を求めたらよいのだろうか。
被災地とそれ以外の地域に住むもののギャップを理解することのみにこの本は役に立った。